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59章 感謝に困りし勇者

 ざわめく気配に意識が浮上する。

 重い瞼を苦心して開けると、見知らぬ天井が見えた。

 目覚めたばかり故か自由が効かない身体。

 かろうじて動く眼球を動かし周囲を窺う。

 看護用らしいベットに横たわる自分の姿。

 点滴の管と耳障りな音を奏でる電子機器。

 どうやら俺は気を失っていたらしい。

 夕刻からの連戦、魔術の多用による精神的疲労が限界を迎えたのだろう。

 教会にいた生徒達の傷を何とか癒したところで俺の記憶は途切れている。

 それにしてもここは何処なんだ?

 怪我が治療されているのは実感できるが、麻酔が効いてるのか身動きできない。

 害意が無い事は俺が生きてる事から推測できる。

 ではヘルエヌの仕業でないとなると……


「目が覚めましたか?」


 煩悶する俺に聞き慣れた声が掛けられた。

 目線を向けると、書類を片手に俺を労わる様な眼差しをした恭介の姿が見えた。


「……恭介?」

「ええ、自分です。

 どこか痛む箇所はありませんか?

 ウチの術師にあらかた治療はさせましたが……」

「ここは……?」

「退魔機関『夜狩省』……

 自分の所属してる組織の支部です。

 ヘルエヌの甘言に惑わされ単騎駆けした挙句、郊外の教会で倒れてた貴方を機関で救出させて頂きました。

 携帯のGPS機能が働いたから良かったものの……

 発見された時の貴方は急激な気と魔力の枯渇による消耗死を迎える寸前だったんですよ?

 貴方を心配する者達の為にも……少しは自愛なさい!!」


 いつになく厳しい口調の恭介。

 当然だ。

 俺は焦燥に駆られるあまり、自らの命を軽視していた。

 誰かの命を救う者は……自らの命をも尊重しなくてはならないのに。

 俺は誰もが当たり前に自覚しながらも、つい忘れてしまいがちな事を改めて認識させられた。


「すまない、恭介。

 俺が……浅はかだった」


 だから謝罪の言葉は素直に出た。

 その言葉に恭介はまなじりを下げ、


「いえ。自分も強く言い過ぎました。

 ですが今の貴方には必要な事だと思ったので……お許し下さい」

「いや、ありがとう。

 俺は……異世界でも勇者足らんとして、結果周りが見えてなかった」

「……どうやら戻ったようですね、本来の貴方に。

 ならばまずは感謝の言葉を述べさせて頂きます。

 ありがとうございました、アルティア・ノルン。

 琺輪世界の勇者である貴方の尽力もあり、ヘルエヌ一派はその力を大きく削ぐ事となりました。

 お蔭でヘルエヌの手先となっていた講談組を潰す事に成功しました。

 それだけでなく何人もの尊い命を救って頂いた功績は……この世界に生きる者として感謝しても感謝し切れません」


 書類を傍らに置き、深く頭を下げる恭介。

 俺はそんな恭介に慌てて返答しようとして……疑問を抱く。

 何故、恭介が琺輪世界の事を知っている?

 俺はミーヌ以外に他言した記憶はない。

 まさか記憶を読んだのか?

 動かない身体に力を込め警戒の眼差しで恭介を見やる。

 恭介はきょとんとした表情で俺を見やると、弁解するように手を振る。


「ああ、アル。

 何を勘違いしてるか知りませんが、誤解です」

「誤解、だと?」

「はい。貴方の様な異界からの客人は結構この世界に迷い込むんですよ。

 我々夜狩省の仕事にはそんな方達の支援も含まれてますし」

「だが……それだけじゃ琺輪世界の事を知ることには繋がらない」

「ええ。ですから直接お話を伺いました。

 剣皇姫ヴァリレウス様に」


 そう告げた恭介は医務室らしきこの部屋の扉を開けた。

 するとそこには……


「おお、アルよ。目覚めたか!

 ここの連中はなかなか物分りが良いぞ。

 ほれ、お主も食べるか?

 琺輪世界でも滅多にお目に掛かれない極上の品々じゃぞ♪」


 応接テーブル一杯に置かれたケーキやスイーツに囲まれ、御満悦な表情の美姫の姿が見えた。

 俺は灼熱しかけた頭が一気に冷却するのが実感できた。


「あの、すみません……

 ウチの世界の恥晒しで……」

「いえいえ。窺った話に依れば彼女は現界する神々の一柱だとか。

 このようなとこに御出で頂くも本来不遜ですが、気を失っていた貴方の傍らに顕現した彼女は、我々の対応を見届けると仰せられてまして。

 車中お話を聞きながらここまで御同行頂いた次第です」

「アルが頼りないのが全て悪い。

 前衛職の究極技法たる気と魔力の収斂<アゾート>に至ったのは褒めてやるが、使い過ぎて倒れる等……勇者の名折れじゃぞ?

 恥を知るがいい」


 ……口一杯にケーキを頬張りながら言っても、まったく説得力がないんだが。

 そういえば琺輪世界でも、舞踏会等にたま~に強引に顕現しては甘いモノを勝手に食ってたな。

 意外と神々は甘党なのかもしれない。

 俺は冷めた目で剣皇姫を見て恭介に向き直る。


「疑って申し訳なかった、恭介」

「どうぞお気に召さらず。

 それと勝手とは思いましたが、武藤組長綾奈嬢を含む貴方の懇意にしてた者達をヘルエヌから守る為支部に避難させて頂きました。

 ここなら術式に対する防壁もありますし、対応できる術者もいるので安泰です」

「何から何まで……ホントすまないな」

「これも仕事……と言いたいところですが、自分自身ヘルエヌのやり方に対して据え兼ねる部分がありましてね。

 ……奴にはそれなりの代価を払って頂きましょう」

「同感だ」

「ではきちんとお休みください。

 手は尽くしましたが、完全回復するまでまだ時間が掛かる筈です」

「ああ。では少しだけ……休む、かな……」


 麻酔が再度効いてきたのか激しい眠気が襲い来る。


「そういえば恭介……最後に一つだけ……」

「分かってます。ミーヌさんの事ですね?

 彼女は生きてます。

 ヴァリレウス様のお墨付きですから間違いありません」

「そう……か。よかっ……」

「ただ……凌辱などはされてないようですが、ひどく難しい状態にあると……」


 ミーヌの事を告げる恭介の声がどこか遠くに聞こえる。

 徐々に低下していく意識の中、脳裏に振り返り微笑むミーヌの姿が浮かぶ。

 俺は彼女に手を伸ばそうとして……

 力及ばず、深い微睡みに落ちていった。


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