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57章 終結に憐れむ勇者

 以前、俺は刀身の無い柄だけの聖剣は「大変危険である」と述べた。

 それは何故か?

 それは聖剣にとって刀身すら封印の枷だからである。

 聖剣が聖剣たる由縁は「魔を封ずる」という事にあるが、神々の遺産たる神担武具の真骨頂は解析すら不明な神造工程に置いて付与された特性にあった。

 各武具により特性は様々である。

 が、剣皇姫の化身でもあるこの聖剣の特性はシンプルにして至上。

 即ち担い手の属性を強化し、刃として具現出来るという事。

 勇者であり洸魔術師である俺は光属性に傾き過ぎている。


(よって……俺が聖剣の刃を具現すれば、それはつまり)


 思考に沈みながら聖剣を構える俺に、轟音を上げ騎士魔族が迫り来る。

 衝撃を主体とする攻勢に後の先たる待ちに徹するのは愚策。

 俺はアゾートで強化した身体機能を最大限に活用。

 強化した踵を踏み出し、逆に魔族との間を瞬時に詰める。

 その動きにすら素早く対応し、手刀を交差させ防御姿勢を取る魔族。

 加速された視界の中、手刀に魔力が集い鉄壁となるのが視認出来た。

 だが、甘い。

 そんなお粗末な防御では……今の聖剣の一撃は止められない!


「光よ!!」


 神風一閃。

 只一太刀であった。

 咆哮と共に振るいし俺の一撃で中級上位たる魔族は両断される。

 聖剣の柄より具現化されし<光の刃>によって。

 そう、これこそが俺の異名の由来にもなり五つある奥の手が一つ。

 ありとあらゆる物理防御を突破し、魔力障壁すら切り裂く属性特化の刃。

 洸顕刃であった。

 その秘められた潜在力は物理法則のみならず、剣皇姫の助力があれば「概念」をも絶つ事が可能な程。

 しかし人の身で扱うのには理解が及ばないモノは斬れないという弱点もある。

 ヴァリレウスが言うには、本来は逃れられない厄介な因果・宿業等のしがらみを神の御名の元に断ち切る為のものらしい。

 俺にはそこまで認識・理解が及ばない為、捻じ曲げられた因果律の遮断などは、例えヴァリレウスの補助があっても到底無理だ。

 よって俺に出来るのはただ一つ。

 魔族の核にされた名無のみを傷付けずに断ち切り解放すること。

 現に霧散していく魔族とは別にその足元に名無が俯せに倒れ込んでいた。

 意識が無い様だが……どれ、仕方ない。

 我ながらつくづく甘いとは思うが介抱してやるか。

 俺は刃を収束させ柄を腰に据えると名無を抱き起し、


「うっ……!」


 そこで絶句した。

 根元まで白く染まった髪に顔中に刻まれた深い皺。

 唇の端から血の混じった涎を零す様からはスーツをきっちり着こなし眼鏡が似合う端正な女性だった面影は窺えない。


「せ、先生……」

「あ、アルティア君……」


 呆然と声を掛ける俺にうっすら目を開ける名無。

 その瞳に先程までの狂気はない。

 無事に洗脳術式とのリンクを遮断できたようだ。

 しかしいつまでも焦点が合わず何も映さない瞳。

 その瞬間俺は気付いてしまった。

 名無に残された命の刻限。

 彼女は……それを全部使い切ってしまったのだ、と。


「何で……何でこんな馬鹿な事を!!」

「君の様に……日向を歩む人には分からないのよ……

 日陰でひっそりと人目を気にして生きてる者の気持ちなんて……」


 憤慨する俺を侮蔑にも似た言葉で断絶する名無。


「結果はこうなったけど……私は後悔してないわ。

 一時とはいえ私は超越者になれた……

 人を、超えたのよ……」

「だからって……

 だからって、死んじまったら何にもなんねえだろう!」

「あら? フフ……本当ね。

 ……私ったら、そんな事にも気付かないなんて……

 ホント、馬鹿」

「待ってろ先生! 今、回復呪文を」

「無駄よ、アルティア君。

 私は命を使い切った。

 私には……もう、何もない……

 それに……君みたいな真っ直ぐなオトコノコに抱かれて死んでいくのも……

 素敵じゃない?」

「先生……」

「最後に……純子って呼んでくれないかな?

 看取られるのに……先生って役職で呼ばれたんじゃ……

 ムード、出ない……な」

「純子……」

「フフ……ありがと、アルティア君……

 私、貴方達にいっぱい酷い事……したのにね……」

「だって、洗脳されてたんだろ?」

「いいえ……ヘルエヌ様の思想に共鳴し、術式を受け入れたのは私。

 学園で眩く輝くあの娘……ミーヌさんが妬ましかった。

 いや、君達だけじゃない。

 私に報いてくれない世界が憎かった……

 何もかも壊してしまいたくなるほど……

 でも、それももうお終い。

 最後に私を本気で気に掛けてくれる人に出会えた……

 私の、私の生は無駄じゃない……報われた……」

「先生!」

「こ……ら、純子……でしょ?

 最後に……忠告よ。

 あの方……ヘルエヌ様は……恐ろしい方よ……

 人の、人を欲に駆り立てる本質を突いてくる……

 君も精々気をつけ、なさい……な」

「純子! 気をしっか」

「はあ……ここが私の、最後か……

 ヤダ、死にたく、ない……死にた……く……」


 抱える名無の身体からこわばりが抜け徐々に冷たくなっていく。

 俺は名無を床に横たえ、開いたままの目を閉ざしてやる。

 老婆の様に朽ち果てた名無の躯。

 先程までは敵だったかもしれないが、戦いが終わった今は安らかに逝ける様に見送ってやるのが勇者の流儀だ。


「アル君……終わった……の?」

「アル、そやつは昼間会った担当教師……か?」


 祈りを捧げる俺に奥から駆け寄ってくる武藤翁と綾奈達。


「そんな! 先生!!」


 服装で判断したのか涙ぐむ綾奈。

 顔を伏せ俺に倣って祈りを捧げる。

 武藤翁も両手を合わせ、


「死ねば皆仏じゃからな。南無……」


 と聞き慣れぬ経文を口ずさむ。

 そして俺達は簡素な埋葬として周囲に有った布で名無の躯を包んでやると屋敷を歩きながら現状を確認し合う。


「しかし間に合って良かったですよ、武藤翁」

「いや~アルが来てくれたから良かったものの、今回ばかりは流石に儂も死を覚悟した」

「ホント。アル君の姿が天使に見えたよ~」

「全て恭介のお蔭ですよ。

 ほら、来たみたいですね」

「組長! 綾奈嬢!」


 どれだけの敵を屠ったのだろうか?

 仕立てのいい服装はボロボロ。

 無数の返り血に染まった恭介。

 疲労によろめきながら走り寄って来るものの、何かに堰き止められたかのように立ち止まる。

 その顔は苦悩と逡巡に彩られていた。


(アイツは……)


 色々難しく葛藤してるのだろう。

 せっかく無事に再会出来たんだから単純でいいのに。

 何か一言言ってやろうかと思った俺だったが、


「恭介さん!!」


 笑顔で恭介に抱きついた綾奈によって防がれた。

 まったく……計算しない天然は強いな。

 俺は思わず苦笑してしまう。


「良かった~恭介さんも無事で!」

「綾奈……さん」

「助かったぞ、恭介。これからもよろしくな」

「武藤……組長……」


 全て分かってるとばかりに笑顔で頷き恭介の肩を叩く武藤翁。

 その行為に堰が崩壊したのか、恭介は身体を震わせ涙を堪えながらも、


「はい!」


 と二人に笑顔で応じるのだった。



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