51章 疑惑に揺れる勇者
広大な敷地を持つ武藤家。
上空から見下ろすと、手入れの行き届いた日本庭園に囲まれた母屋と離れが見て取れる。
闇夜に燃え盛る炎を上げているのは離れの様だった。
しかしあの火の勢いではすぐに母屋に燃え移るだろう。
消火の魔術を習得してない俺では今の状況では何も出来ない。
魔術を扱う者でも専門職と補助程度に習得した前衛の差がここで出た。
もどかしい無力感に歯噛みする。
だが下に降りれば俺でも出来る事はあるだろう。
俺は武藤翁達の無事を祈りつつ慣性制御魔術に切り替え自由落下に近いスピードで降下した。
「誰か! 誰かいないか!!」
火勢が思ったより強い。
離れに降り立った俺はシャツで顔を庇いつつ声を掛ける。
広域探査呪文である光波反響<ライトロケーション>を使用したいところだが、光波を乱す炎の光が乱舞するこの状況では精度が落ちて使い物にならないだろう。
地味だがこうやって声を掛けながら探索していくのが一番だ。
だが、そこで疑問が浮かぶ。
静か過ぎる。
離れとはいえ、家が一軒燃えてるのだ。
もっと騒ぎになってもいい筈だろうし、周囲にまで影響が無さ過ぎる。
俺の知り得る知識から引用すれば、すぐに消防が駆け付ける事態なのに。
(まさか!)
俺は可能性の一端を考慮し、外壁を見て回る。
果たしてそれはあった。
複雑な魔術文字で描かれた術符。
目立たない様こっそりと貼られていたが、おそらくは人払いや隠蔽系の術が発動してるのだろう。
(こんなところにまでヘルエヌの手が回ってるのかよ!)
俺は怒りに任せ反発する術符を強引に引き剥がす。
その瞬間、何かが砕ける様な波動と共に世界に明確な音が戻る。
(やはり何かしらの術だったのか……)
術符を握りよく耳を澄ます。
母屋から聞こえる喧騒と怒号。
「そっちか!」
俺は汗ばむ不快感を強引に拭い、母屋に駆ける。
そこにいたのは、
「どういうことだ……恭介?」
無数の人々が倒れ伏す中、俺に背を向け佇む恭介の姿だった。