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48章 出会に謝する勇者

「有り得ない……

 ボクの、ボクの洗脳術式が破られるなんて!!」


 咆哮するアルから放たれた光の闘気。

 相反する魔力と気の融合という前衛職に取って究極の技法。

 肉体的・精神的に追い詰められたアルが正に土壇場で目覚めた力により、それは致命的な損傷を受けていた。

 弾き飛ばされた黒雲が徐々に姿を変え、アルを洗脳しようとした術者の姿を象り始める。

 驚く事にその姿は金髪の子供だった。

 天使の様に愛らしい顔立ちをしているも、その瞳に秘められし邪悪さは隠しきれない。

 これこそがヘルエヌ・アノーニュムスの真の姿だった。

 生贄を必要とするおぞましき若返りの魔術を使い続け少年の姿を保ち、欧州の魔術界のみならず経済界等を翻弄し続ける這い寄りし千貌。

 世界の敵19位にエントリーされながらも、未だに討伐されないのはその姿を誰も知らなかったからである。

 傀儡を用いて自らが手を汚さないその手段はあらゆる者に厭われていた。

 しかしその反面、人心掌握の術に長け彼を心酔する信望者を生み出してもいた。

 混沌と嘲笑の魔天使、それこそがヘルエヌという稀代の術者の在り方だった。


「ボクをここまでコケにしてくれたんだ……

 お前には相応の苦しみを齎してやる!

 手始めは目障りなアイツ等からだ!!」


 現実世界に帰還するアルとミーヌの姿を見上げながら、ヘルエヌの分体たる術式は同調する本体に次の策を伝達しアルの中で消滅した。










 急激に覚醒する意識。

 突き動かされる衝動のまま眼を開ける。

 薄暗い厳粛な雰囲気の建物の内装。

 ここは……教会、だろうか?

 まだ曖昧な現状認識。

 凡庸とする残滓が纏わりつくのを頭を振り強引に払う。

 すると胸の上に違和感。

 目線を送ると肌も露わなミーヌが俺に凭れ掛かっていた。

 普段ならこの状況に狼狽する俺だろうが、苦悶するげに荒い息を洩らすミーヌが全身血塗れなの見て慌てて抱きかかえる。

 先程までの深層心理世界の情景を思い出す。

 こいつは……こんなになるまで俺を救おうと頑張ってくれたのか。


「ミーヌ……ミーヌ」


 制服の上着を被せ負担を掛けない様優しく揺り動かす。

 残された魔力を振り絞り、回復魔術を掛ける。

 可憐なおとがいが動き色っぽい溜息を零す。


「うっ……ここは現実世界、か……?」

「ああ、お前は戻ってきたんだ」

「アル……無事、か……?」

「ああ、お前のお蔭だよ。ほら」


 シャツをさらけ出し傷一つない胸元を見せる。

 アストラルに酷い損傷を受けてたのに、完全に治癒していた。

 それを見たミーヌが満足げに微笑む。


「良かった……我はアルを救えたのだな……」

「馬鹿……こんなになるまで無茶しやがって……」


 ミーヌを更に強く抱き締める。

 こんな俺の為にこいつは自らが傷付く事も厭わず身を投げ出してくれた。

 曖昧だった感情が徐々に想いを増し、形を成していくのを実感する。

 俺はいつの間にか優しく微笑みながらミーヌの乱れた前髪を整えていた。


「ふふ……アルのそのあたたかい笑顔を再び見れた。

 それだけで我は報われるんだぞ」

「こんなの……お前が望むならいつでも見せてやる……」

「それに……アルを救う為とはいえ、我は汝の心を覗き視た。

 緊急事態とはいえ、赦されるべき事ではない……」


 唇を噛み目線を逸らす。

 精神干渉系の魔術は禁忌、確かに褒められるべきものではないだろうが。


「ありがとな、ミーヌ」


 感謝の言葉は自然と出た。


「な、何を言ってるアル!

 我は汝の聖域に土足で踏み入ったのだぞ!!」

「それでも、だよ。

 お前のお蔭で俺は救われた。 

 命だけじゃない……

 常々疑問を懐き掛けていた勇者としての在り方、生き方からも」


 そう、あの死に満ちた心象風景。

 名も知らぬ少女との別離を迎えたあの森での出来事こそが俺を勇者たらしめんと束縛していた。

 メメント・モリ。

 直訳では「死を思え」、意訳では「死生観」とでもいうべき単語が思い浮かぶ。

 あの時の力の無さ、力を渇望する意志が俺を推し進め今回は洗脳術式に惑わされそうになった一因となった。

 だが少女の一言と死を看取った者達の安らかな眼差しで俺は気付いた。

 いずれ人は死ぬ。

 それは悲しむべきことだろう。

 しかし死に囚われてはならないのだ。

 だからこそ人は閃光の様に命の炎を燈す。

 前を向き明日を信じる想い、それこそが「生きる」という原動力なのだから。

 俺の突然の礼にミーヌは驚いている様だった。

 変なとこで真面目なこいつのことだ。

 俺に裁かれると思って覚悟を決めてたに違いない。

 形のいい眉を寄せ思案すると呆れた苦笑を浮かべる。


「まったくこんな我にまで感謝するとは……ホントに汝は意味不明だ。

 だが……そんなとこが大好きだぞ、私の勇者」

「馬鹿……そんなボロボロの身なりで告白しやがって……」

「ふふ……ライバルが多いのでな、少しズルをしたのだ」

「お前……結構黒いのな」

「ん?

 アルが女性に幻想を抱くのは構わないが、女性はすべからくこんなものだぞ。

 黒いのではない。

 男性と違って自分の気持ちに正直なのだ。

 アルの幼馴染だってさりげな~く、アルをキープしてるではないか」

「カレンを知って……って、そういえば俺の過去を観たんだもんな、お前」

「それで返答は如何に!?」

「今は保留だ、保留。

 取り敢えず事態が落ち着いたら改めて俺から話す」

「ちっ……我に恩を感じてる今が付け入る隙かと思ったが……

 まだフラグが立たないのか……

 流石は勇者。攻略度最難度クラス」

「訳の分からん事を言ってるな」


 ミーヌの頭を軽く小突いておく。


「あいたっ。

 むー冗談ではないか。真に受けるでない」

「お前の冗談は笑えない」

「まだまだだな、我も。

 それよりアルよ、傷が癒えたなら早く武藤家に向かった方がいい」

「? どうしてまた?」

「アルの心象世界から浮上する寸前、ヘルエヌの残留術式がほざいていた。

 目障りなアイツ等に相応の苦しみを与える、と。

 アルの身近でヘルエヌの敵対者といえば武藤組の者達に違いない」

「なるほどな。

 ありがとう、すぐにでも駆けつけ……くっ」


 高速飛行呪文を詠唱しようとした俺だが、全身を襲う痛みに顔を顰め中断する。


「無理をするでない。

 汝はつい今しがたまで死の淵にあったのだぞ。

 HPは限りなく底辺に近付きMPは使い果たす寸前、おまけに術式の残した爪痕が身体に刻まれている。

 気と魔力の融合たる「究極技法」に目覚めたから動けるものの、本来であれば絶対安静なのは汝も一緒なのだぞ」

「じゃあどうすれば!!」

「無論我が手助けするに決まってる」


 ミーヌの繊手が俺の胸に呪紋を直接刻む。

 次の瞬間、爆発的な生命力と魔力の奔流がミーヌから流れ込んだ。

 完全ではないもの、通常時の半分ほど回復しているのが分かる。


「これなら魔術を含めた戦いを行う事が可能となる」

「ありがとう。助かった……って、ミーヌ!!」


 ミーヌの顔色は血の気を失いさらに白くなっていた。


「やれやれ……流石の我も力を使い過ぎたか。

 ここで死んでは元も子もないしな。

 少しばかり回復繭に引き籠らせてもらおう」

「お前また無茶を!」

「我がしたいからしてるだけだ。アルは気にするな」

「気にするに決まってだろ!

 お前のことだって俺は守りたいんだよ!」

「え……?」

「あ……」


 お互いの顔を見つめ合う。

 ミーヌは驚愕に顔を赤らめていた。

 きっと俺だってそうだ。

 気持ちを隠す事なんてない。

 そう、俺だってこいつの事を、


「えっと……その、

 私なんかを少しは想ってくれてる……のか?」

 いつになく気弱に尋ねてくるミーヌ。


 そんなミーヌを俺は、


「何度も言わせんな、馬鹿」


 情熱的に抱き締め頬に口付ける。


「あ、アル……

 アルううううううううううううううううう!!」


 顔をくしゃくしゃに歪め、俺にしがみ付き縋る様に抱き締め返しながら泣き出すミーヌ。

 互いの血に塗れボロボロの俺達。

 魔族の女王と人族の勇者。

 琺輪世界では決して交じり合えない道がここ(現代日本)で交じり合う。

 不思議な縁に恵まれ結ばれた俺達。

 胸元で嬉し泣きするミーヌの髪を撫でながら、俺は出会いの魔法に感謝するのだった。



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