表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/198

47章 希望に蘇りし勇者

 薄暗い森林に幾重もの屍が横たわる。

 ある者は苦悶の相を浮かべ救いを求める様に手を伸ばし、

 ある者は満足げな笑みを浮かべ誇りを抱く様に拳を握り締めていた。

 様々な人々の様々な死。

 死に至る要因は数あれど、そこにあるのは濃密な死の気配。

 誇りも信念も自尊も高慢も全ては等しく無。

 哀しいまでの静寂が満ちる空間に一人佇み虚空を見上げる少年。

 それがアルティアの心象風景だった。


「力が欲しい……

 誰かを守る力、運命に抗う力が!!」


 応じる事の無い空に慟哭し続けるアル。

 剣技を磨き、

 魔術を習得し、

 勇者と呼ばれる程に自らを鍛え上げても……救えぬ者はいた。

 誰かや何かに味方するというのは、

 対立する誰かや何かの敵になるという事。

 常に刃の先には苦しみと憎しみが過ぎ去っていく。

 今日よりは明日をと信じ戦う自分。

 欺瞞が自らを騙し通せるのはいつまでだろうか?

 死ぬまでなら幸運だ。

 だが、いつか気付いてしまったら?

 そこにあるのは無価値という名の断罪。

 裁かれるのは己が魂。

 故に両天秤で揺れ動く価値観。

 量るのは自らの意志とはいえ、心は日々摩耗してゆく。

 絶対が欲しかった。

 揺るがない信念。

 惑わない信条。

 聞こえのいい御題目に殉ずる盲目さ。

 そんな易き在り方が。


「力が欲しいのかい?」


 空がアルに答えた。

 いや、それは垣間見える空を不気味に汚す黒雲だった。


「誰だ!

 いったい何者だ!?」


 厳しく誰何するアルに急遽纏わりつく黒雲。


「誰でもいいじゃないか。

 君は力が欲しいのだろう?

 ボクなら君に素晴らしい力を与えてあげられるよ。

 人は愚かだ。

 苦しむ君の尊さを誰も理解しようとはしない」


 その囁きが麻薬の様に心に浸透してゆく。

 嫌悪を孕んだ拒否の裏側で感じる甘露にも似た快感への誘惑。

 まさに恐るべき手腕だった。


「従順な羊達には君は分からない。

 けどボクだけは違う。

 ボクだけは君の本当の在り方を示せる」

「本当の在り方……?」

「そう、君は勇者なんかじゃない。

 勇者という生き方を強制的になぞらえる事で自らを詐称してるにすぎない。

 君は誰かの剣でありたいと思ってるんじゃないのかな?」

「それは……」

「怖れる事はないよ。

 ボクはちゃあ~んと、知っている。

 さあ、ボクを受け入れるがいい。

 ボクなら君を誰よりも巧みに遣ってあげられる」

「俺は……」


 蠱惑の快楽へ唯々諾々と応じようとするアル。

 しかし、


『駄目だ、アル!!』


 凛然と割って入ったミーヌの精神体がアルの前に立ちはだかった。


『アル、汝は我に言ったではないか。

 勇者とは勇気ある者の称号ではない、と。

 決して叶わぬ平和への夢を無駄と知りつつも目指す生き方。

 それこそが勇者というものだと!

 そいつの誘うのは易き道なのかもしれない。

 だがそんな奴の口車に惑わされる程汝を信じた人達は愚かだったのか!?』

「五月蠅い虫だな。

 目障りだからここから消え去れよ」


 黒雲から放たれた雷が、ミーヌの精神体を打ち据える。

 甲高い悲鳴を上げるミーヌ。

 それでも両手を広げアルと黒雲を遮り続ける。


『我は……

 退かぬ! 

 媚びぬ!!

 省みぬ!!!

 剣皇姫の頼みだけではない。

 これは我の誓いなのだ。

 アルの陽だまり様にあたたかい笑顔が我に温もりを思い出させてくれた。

 あの笑顔をもう一度取り戻すまで、我は幾ら傷つこうとも構わん!!』

「ホントしつこい奴だな。ウザいよ」


 一際激しい雷がミーヌの身体を貫通する。

 緩やかに崩れ落ちるミーヌ。

 手を伸ばし支えようとするも力が入らず零れ落ちてしまう。

 その光景が、アルにはあの日の少女に重なった。



(壊れてゆく……

 心も身体も魂さえも……

 こんなに大事なものすら抱けず、

 護れず、

 蝕まれて……

 でも憎いとか苦しいとかじゃなく……

 ただ、ただ……哀しい……

 何故ならそれは終焉だから……

 終わり、だから……

 疲れた……もう、休みたい……)

(いいの? 本当に?)


 囁き掛ける声。

 一体何者なのか?

 胡乱げに答える。


(やるだけはやったよ……それは本当)

(満足?)

(出来ることはした……限界まで)

(でも……まだ結果は出てないよ?)

(……?)

(貴方には、待ってる人が……守るべき人達が……

 そして未来がある。だから……)


 どこか聞き覚えがある声に呼ばれた様な気がして背後を振り返る。

 そこには血に塗れても尚美しく、誇り高くアルを見守るあの日の少女がいた。

 いや、少女だけではない。

 気付けば致命傷を負いながらも優しくアルを見つめる沢山の人達。

 それはアルが携わってきた人々との絆が生み出した尊き幻想。

 儚く脆いが故に、誰しもが忘れてしまう夜明けの夢。

 だがそれは朝露となり消えゆく前に奇跡を起こす。

 始原にして至言たる魔術、言霊の奇跡を。


「だから立ち上がって! 

 他の誰かの為じゃなく、君は君自身の幸せの為に!!」


 その言葉に! 

 その声に!! 

 全身が熱く脈動し、溢れる力が指先まで行き渡った。

 太陽に照らされ大地に息吹く波動。

 それが生きるという力。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 心象風景たる森林を打ち砕く咆哮が高らかに響き渡る。

 抵抗すら許さずに黒雲を弾き飛ばし、ミーヌをその手に抱えながら勇者はついに覚醒する。

 光明の勇者アルティア・ノルンの帰還であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ