45章 約束に悶える勇者
「辺境を蹂躙していた赤竜スレイブニールを見事打ち倒し、
復活したノーライフキングをも撃退した功績を讃え、
汝、アルティア・ノルンに我がリヴィウスの名に置いて『勇者<光明>』の称号を与える!!」
厳粛な雰囲気の中、賢王と名高きリヴィウス・ネスファリア・アリウス二世の携えた剣が傅く俺の肩に当てられる。
刹那、王宮の謁見の間に万雷の拍手と歓声が沸き上がる。
後方で俺を見守ってくれてる仲間達も大はしゃぎをしている様だ。
特にいつも陰鬱なエゼレオですら興奮した声を上げてるのが聞こえる。
俺は振り返り仲間と喜び合いたい衝動を堪えるのに必死だった。
「よくぞ民の為に戦ってくれたな、アルティアよ。
汝の父も音に聞こえし勇士だったが、汝の功績はそれ以上だ。
これからも力無き人々の為力を尽くしてくれ」
穏やかな笑みを浮かべ、リヴィウス王が俺に語り掛けてくれる。
「一命にかけましても」
俺の返答に王は困った様な窘める様な顔で応じる。
「それはいかん、アルティアよ。
汝は今これより勇者なのだ。
汝の存在は人族の御旗、人々の希望となる。
魔族が跳梁し人心は不安に揺れ動いている。
皆の安寧の為にも汝は尽力せねばな。
安易に命にかける等という言葉を口にしてはならんぞ」
流石は賢王というべきか。
勇者としての訓示だけでなく俺の身と民の心をも案じているとは。
人々の笑顔の為に動いてきた俺達。
言うなれば行動に結果が伴い評価された様な形となる。
俺ばかりが勇者として讃えられるのは間違いだ。
赤竜討伐ではエゼレオの策とカイルの偏執的なまでの多重罠がなくては戦う事すら叶わなかっただろうし、不死王たるノーライフキング撃退ではフィーナの指揮の下に動く神官達の法術による力添えがあったからこそ、何とか対等に戦える場に持ち込めた。
様々な人々の様々な助力があったからこそ俺達は戦ってこれたのだ。
そんな俺だから今回の勇者の称号授与を重荷に感じていた部分があった。
だが……王の言葉で俺は理解した。
俺はまだ「過程」なのだと。
いつか訪れる終点へ向けての道中に過ぎないのだと。
なればこそ俺は誇りを以って戦える。
今は未熟でも、いつか万全に到りたいと思う俺を皆に見てもらいたいから。
「はい!
まだまだ未熟な俺ですが、これからも精一杯頑張ります!!」
俺の本心からの言葉に、
王は呆気に取られた様に目を丸くし、労わる様に破顔した。
称号授与が終わり王都を練り歩くパレードが開催された。
新米勇者たる俺のお披露目もあるが、一番は人心平定と治安維持である。
魔族との決戦を控えた今、人々の心は王も危惧された様に不安に揺れている。
騎士達も努力はしているが、少しの火種で暴動が起きかねない。
こうして俺達が姿を見せる事で民が少しでも落ち着けるなら安いものだ。
道化役に相応しくない武骨な俺だが出来る範囲で踊って見せる。
歓声を上げる人々に覆いの無い派手な装飾の馬車の上から笑顔で手を振る。
子供達には乞われる度、光明の勇者の由来たる洸魔術で色鮮やかな閃光を放つ。
仲間達も芸達者な所を見せていた。
(食うに困ったら芸人でもやっていけそうだな)
思わず苦笑を浮かべる俺。
そんな俺に、
「アーくん……」
と、か細い声が掛けられた。
慌てて見渡すと、人々で混み合う大通りの片隅、車椅子の上から手を振る幼馴染がいた。
「カレン!!」
瑠璃色の肩口で切り揃えられた髪。
いつも穏やかに微笑む柔和な笑顔。
頬が幾分扱けた様な気がするが見間違えもない幼馴染の姿だった。
俺は馬車から飛び降りると、カレンの元へ駆け寄る。
周囲の人々も俺に群がって来ようとするが、そこはパレード御付きの兵士達が止めてくれた。
「カレン、来てくれたんだな!」
「うん、村の人達と一緒に。
まずはおめでとう、アーくん。
勇者の称号任命……
幼い時の夢が遂に叶ったね」
「うあーよせよ、そんな昔の話は。
今思い出しても羞恥に悶絶する」
小さい頃から身体が弱くて中々外で遊べなかったカレン。
どちらかといえばベットに横たわる方が多かったかもしれない。
そんなカレンに俺は木の実やら珍しい石やらを持ち込んでは話し相手を務めた。
一番二人で盛り上がったのは勇者ごっこ。
カレンは魔王に連れ去られたお姫様で、俺がそれを救う勇者だった。
粗末な木剣を片手にカレンに誓ったのは、いつか本当の勇者になってみせるというもの。
世間を知らなかったとはいえ、ホント恥ずかしい。
「身体は大丈夫なのか?
王都の空気はあまり合わないだろ?」
「うん……正直辛いかな。
でも、アーくんの晴れ姿というか勇姿が見たかったし……」
「馬鹿。それで身体を壊したらどうもこうもないだろう?
あとで仲間に転移法術で送らせるよ」
「いいの?」
「ああ。お前の体調の方が心配だ」
「フフ……
変わってないね、アーくんは。
勇者になっても……優しいまま」
「なんだそれ」
「分からないならいいよ。
それと……約束の事、忘れてないから」
「約束?」
「そう、幼い頃からのわたしの夢。
ちゃんと、待ってる」
「? ああ」
「はい、では誓いの指切り」
「え? こんな衆人の前で?」
「は~や~く」
「しょうがないなーほら」
「フフ……指切り約束。
忘れたら針千本飲ま~す」
「まったく……
お前は可愛い顔して押しが強いから困る」
「それって褒め言葉?」
「さあ?」
「フフ……さあ行って。
皆、待ってる」
「あ、ああ。
じゃあ後でな!」
「頑張ってね、アーくん!
皆の勇者様!!」
カレンから離れ馬車に乗り込み、パレードに戻る。
集まった人々に手を振りながら過去を振り返る。
思い出した。
毎日のように遊ぶ中、真顔になったカレンと交わした約束。
『わたし、大きくなったらアーくんのお嫁さんになりたい』
それがカレンの夢か。
俺は知らずに上気する頬に手で風を送りながら指切りした指を見つめていた。