3章 選択に躊躇う勇者
「怪我はないか?」
今の戦闘で負った傷はないも、少し暴行を受けていたのが見えた。
俺は膝を折ると目線を合わせ、鋭い視線で俺を睨む初老の男と、
困惑した眼差しの少女に話し掛けた。
「あ、はい。
でもお爺ちゃんが……」
安心したのか涙を浮かべる少女。
どうやら初老の男とは祖父と孫の関係らしい。
俺は頷き少女を安心させると、警戒を解かない少女の祖父の方へ近寄った。
「害意を加える気はありません。
少し、よろしいですか?」
「何もんだい、兄ちゃんは」
「流れの勇者……
ただ、それだけです」
話しながら体を確認していく。
手加減なしの蹴りだったのだろう。
打撲のみならず、骨に数か所ヒビが入っているようだ。
俺は男達に対する嫌悪感を抱くと共に、孫娘を身体を張って守ったこの人へ素直な賞賛の念を抱いた。
窮地の時こそ、その人間の真価が問われる。
世界は違えど弱き者の為に戦う漢がいた。
この人は尊敬に値する人間だ。
俺はその事実に微笑むと彼の身体へ回復魔術を唱える。
「光速治癒<アクセルヒール>」
自然治癒を無理のない程度で加速、男性の身体の外傷を瞬時に癒す。
骨折程度なら3分も掛からない。
男性は驚いている様だった。
自分の身体から痛みと傷が消えた事に衝撃を受けている。
その様子に満足した俺は、聖剣を鞘に仕舞うと二人に背を向けた。
「待ちな、兄ちゃん!」
立ち去ろうとしたところを男性に呼び止められた。
「……何ですか?」
「儂の名は武藤考右衛門という。
まずは礼を言いたい。
危ない所を助けてもらい、孫娘共々感謝してる。
ほら、綾奈」
「あ、うん。
ありがとうございました!」
深く頭を下げる二人。
その展開に俺は戸惑ってしまう。
感謝や称賛を求めた戦いじゃない。
内なる衝動に駆られた、勇者としては恥ずべき闘いだ。
けど、素のアルティア・ノルンとしての俺は……正直嬉しかった。
元いた琺輪世界では誰も彼もが俺に期待を寄せる。
俺も期待に応えようと頑張ってきた。
だがどこか重荷に感じていたのも事実だ。
こうして俺を知る者がいない異世界で、
何の思惑もない感謝の声を受けると……何だかくすぐったい。
「いえ。俺は別に……
人間として当然の事をしたまでです」
照れ隠しに頭を掻く。
そんな俺の態度は男性に好感を得たようだ。
相好を崩し、気安げに話し掛けてくる。
「今時珍しい若者だな。
まあ先程の不思議な力とか、その手に持つ剣とか聞きたい事は色々あるが、行く宛てはあるのかい?」
「それは……正直ないです。
勝手もつかないのが本音で」
「なら兄ちゃんさえ良ければウチに来ないか?
儂達にどれ程の事が出来るか分からないが、
こうして助けてもらったのも何かの縁だ。
今度は儂達が兄ちゃんの手助けをしてお返ししたい」
「それは……」
普段なら断る。
男性の言葉をそのまま受け取るほど俺は純真じゃない。
おそらくは俺の持つ武力を目当てにしていることが推測できる。
けど……ここは異世界。
たまには素のまま人を信じてみるのもいいのかもしれない。
俺は束の間逡巡したが、顔を上げ男性を見詰めた。
優しげに返答を待つ、武藤と名乗った男。
人を信じて裏切られるより、自分の心を偽る方が俺は嫌だ。
決断すると俺は武藤に頭を下げる。
「それではお願いします。
俺の名はアルティア・ノルン。
親しい人は『アル』って呼びます」
「こちらこそよろしくな。
まぁ固っくるしい挨拶は抜きにしてまずはウチで一杯やろう。
兄ちゃんはイケる口かい?」
「酒ならいくらでも」
「そいつは頼もしい。
楽しみだな、綾奈」
「あんまり羽目を外し過ぎないでね、お爺ちゃん(はぁ)」
綾奈の溜息を受けながら俺達は無駄に意気投合するのだった。