38章 嘲笑に敗ける勇者
闇魔術の特性として挙げられるものの中に、防御や回避のし辛さと並んで霊的な設計図に損傷を与えることが出来るというものがある。
肉体的な損傷は魔術や法術を使えば比較的容易に回復できる。
優れた術者ならば四肢の欠損を補い、大神官クラスになれば(条件が厳しいとはいえ)死者の蘇生さえ可能なのだ。
しかしそれは霊的な設計図がしっかりしていればこそ、である。
大元の修理図であるアストラルが破損していれば、生命の構成素たるマテリアルを用いても現実世界に反映することは叶わない。
故に闇魔術師は厭われる。
魔族が得意とするからだけでなく、その忌まわしき特性の為に。
今しがた俺の胸を貫いた魔力光。
おそらくミーヌから奪った力の欠片だと思うが、急所を外したとはいえ回復魔術を掛け続けてるのに一向に治る気配がない。
むしろ徐々にアストラルの損傷度が拡大している。
そしてそれに付き従う様にマテリアルたる俺の肉体にも反映していく。
溢れかえる血が止まらない。
俺は喉元にせり上がった血を強引に嚥下する。
この状況はマジでマズい。
ミーヌも咄嗟に闇の障壁を張り巡らしてくれたものの、先程の魔力光はそれを容易く貫いてきた。
二次元を介する隔絶されし影の纏い……それは平面世界へのゲートと結ぶ事によりあらゆる物理攻撃を遮断する絶対の守り。
だがこれにはただ一つ、裏技というか盲点が存在する。
即ち『同系の魔術に親和性がある』という事である。
つまり影や闇等の魔術に対してはせっかくの効果が半減してしまうのだ。
さらに今の攻撃は魔力『光』によるものだった。
矛盾しているが闇属性の光攻撃というべきものなのである。
上級防御呪文とはいえ、やはり反属性たる光に対してもその効果は減少せざるを得ない。
結論、
『今の攻撃を続けられたら今の俺達では防ぎきれない』
となる。
俺は思考加速を用いて得た結論を、懸命に俺を介抱するミーヌへそっと告げる。
「逃げるぞ」
「分かった」
流石はミーヌ、元魔族の女王。
何故? 等の理由は問わず決断が早い。
しかし俺の魔術で逃げるにも、ミーヌの魔術で脱出口を開くにも、隙が欲しい。
俺は名無教師を睨みつけながら疑問をぶつける。
「どういうことなんだ、先生!
アンタはヘルエヌとかいう奴の下僕なのかよ!」
俺の問いに対し名無教師は嘲笑う様に口を歪める。
「私を愚かな肉人形共と一緒にしないでくれる?
私はあの方に出会って変われたのよ。
そう、うだつの上がらない一教師ではなく人間を超越した存在に!」
悦に入った様に身体を捩じらせる。
「成程な、傀儡ではなく信望者か」
呆れた様にミーヌが呟く。
「信望者?」
「ああ、奴の甘言に乗ったのだろうよ。
奴の得意技でな。
支配魔術をそのまま使うのではなく言葉に織り交ぜ自らを崇拝させる。
あの教師も心の闇を突かれ上手く嵌められたのだろうよ。
常日頃から自分の現状に対して不満を抱いていた様だからな」
「何を知った様に解説してるのかしら?
本当の私を見出し導いてくれたのはヘルエム様。
ああ、私の身も心も全てはあの方のもの。
そしてあの方の命令とあれば私は手を汚す事も厭わない。
さあ、あの方より授かりし力の前に無様に散りなさい!」
自己欺瞞を通り越し洗脳とでもいうべき手腕に陥った名無教師。
指先に光が燈り、魔方陣を形成してゆく。
その表情は追い詰めた獲物を弄るかのような昏い愉悦に浸っている。
しかしその油断が実戦では命取りとなる。
生死を賭けた事のない差が明確に出たな! 名無教師!!
俺は光糸の魔術を使い名無教師を拘束。
場を離脱しようとして、
「ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
右腕を蝕む激痛に身を捩った。
な、なんだこれは!?
右の掌から溢れ出た見慣れない呪印が俺の全身に広がっていこうとし、その都度神経を直接侵されるような剥き出しの痛みが俺を打ちのめす。
「あ、アル!!
どうした!? しっかりしろ!」
痛みを和らげ様と安息呪文を唱えてくれるミーヌ。
だが、気休めにもならない。
脳髄が白濁するかのような痛み。
視界が明滅し、朱く染まっていく。
「あら。貴方私を舐め過ぎよ。
貴方の時間稼ぎに悠長に付き合う訳ないでしょ?
私はね、貴方の中に仕込んでおいた呪印が芽吹くのをゆっくりと待っていただけなのよ」
「い、いつ……?」
苦悶を押さえ何とか問い質す。
「学園長室で挨拶した時に。
貴方ってば浮かれてたでしょ?
人の顔色を窺って生きてきた私にはすぐ分かったわ。
今なら容易く仕込める、って。
大体利き手を安易に預ける方がどうかしてる。
その呪印はね、あの方の特製品よ。
全身に広がり、激痛を発起させ、身を腐らす。
最後にはあの方の望む生き腐れた人形に成り果てるそうよ。
あははははははハハハハハハハハハハハ!!!」
勝利宣言をする名無。
戦力差を過小評価したことによる、俺の完全な敗北だった。