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37章 屋上に佇みし勇者

 光学迷彩魔術や隠蔽・隠行スキル等を無駄に駆使し、どうにか追っ手という名の暴漢達を撒く。

 あんなに殺気立ってる人間を相手にしたのは、邪教の信者撲滅時以来である。

 便利な科学こそあるものの、個人で超越した魔術の様なスキルがないこの世界。

 勇者として戦闘技術に自負を抱いていた俺だが、少し自省した方がいいかもしれない。

 リミッターを外した人間達による数の暴力の力を俺は改めて思い知った。

 こうして怪我もなく屋上に立ってるのが奇跡に思えてくるから不思議である。


「やれやれ、困ったものだ」


 俺の首にしがみ付いたまま、ミーヌが苦笑する。


「いったいいつまでしがみ付いてるんだ。

 早く降りろよ」


 俺はミーヌに降りる様促す。


「我としてはいつまでもこうしていたいのだが……駄目か?」

「駄目だ。俺達は何の為にここにきたんだ?」

「ん~そうだな。

 アルに付き合ってもらってるのは詮索の為だったな。

 ……楽しくて、つい忘れそうになる」


 どこか儚げに微笑み、俺から離れる。

 その可憐な面差しに俺は意味もなく耳が熱くなるのを感じた。


「お、お前随分と人気あるんだな」

「ん? ん~特に我は何もしてないぞ。

 まあ半分は我の容姿のお蔭だろうが……。

 相談事に乗ってやったりしたのが功を奏したのかもしれん」


 小首を傾げ、頬に人差し指を当て思案するミーヌ。

 その姿はどこにでもいる普通の少女の様に思えた。


「お前にとっては軽い相談事だったのかもしれない。

 でも、皆にとっては何より大切で重要な事だったんだよ」


 先程までの逃走中の事を思い出す。

 嫉妬に駆られた呪詛は確かにあったものの、それはどちらかというと少数で、大勢は大切な存在を汚された様に感じて義憤の衝動に突き動かされた様だった。

 それだけでミーヌの存在が皆に慕われていたものだと推測できる。

 流石は女王。種族は違えど、そのカリスマは顕在らしい。

 腕組みをし、訳が分からないと小首を傾げるミーヌの可愛らしい姿に、俺は思わず苦笑する。


「さ、さっさと用件をすまそう。

 探査魔術でいいんだろ?」

「ん? ああ、是非頼みたい。

 探査・攻撃・召喚など力の欠片を奪われた我にとって、アルが昨日ビル突入前に使っていた術式、あれこそ我の望むもの」

「ただ俺は戦闘面に特化してる術者だから広範囲はケアできないんだ」

「そこは我に任すが良い。

 増強・補助の術式でアルを支えるぞ」


 誇らしげに言って豊かな胸を張る。


「そいつは頼もしい。

 しかし勇者たる俺が、魔族の女王たる暗天蛇と共同作業をするなんてな……

 一週間前には想像もしなかった展開だよ」

「ミーヌだ。

 暗天邪たるミィヌストゥールは死んだ。

 今ここにいる我は、魔術結社の秘蔵っ娘ミーヌ・フォン・アインツヴェールなのだから」

「そうか……そうだな」


 様々な想いを飲み込み、俺は今やっと納得した。

 俺の探し求めていた女王は<死んだ>のだと。

 だったら俺は勇者として助力を求める者に力を貸さねばならない。

 我ながら面倒くさいと思うが、これが俺。

 簡単には割り切れなかった。


「じゃあ術式を展開するぞ。

 基点はここに据えるが固有座標等は任せていいか?」

「今、方陣を展開する。

 ……ん、いいぞ。

 これでこの街全域の検索が可能になった」


 ミーヌが軽く呪を刻むだけで、屋上に多種多様の積層型魔方陣が展開される。

 その力は闇雲に拡散していき、街全体を覆う。


(……やっぱこいつの力はトンデモナイものだな)


 俺は驚愕を表にしない様堪えつつ、広域探査呪文を唱えた。


「光波反響<ライトロケーション>」


 光波がいまだかつてない程の力強さをもってうねりをあげる。

 今回は全ての情報を脳内処理するとパンクすることが容易に想像できたので、

 固有魔力等により識別した、ミーヌの探し求める人物だけに反応するように術式を簡易化してる。

 結果。


「おいミーヌ……どういうことだ!

 5……10……30を越えたぞ!!」

「やはりか……あの外道め」


 吐き捨てる様にミーヌが呟く。


「どういうことだ?」

「ヘルエヌの起源は<支配>。

 さらにヤツの得意とするのは洗脳魔術なのだ。

 支配すべき対象に魔力と自分の肉体の一部を埋め込み、生きたまま傀儡と化す。

 まさに外道の技よ。

 どうりで固有の魔術波動を頼りにヤツを探し求めても見つからぬ訳だ。

 そこにいるのはヤツの傀儡人形なのだからな」


 悔しげに顔を顰める。

 俺は会ったこともないヘルエヌという術者のヤバさが理解できた。

 かつて琺輪世界を危機に陥れた<支配者級>の術者がいた。

 そいつが死ぬまでに国が2つと12もの街に住む人々が犠牲になり滅んだ。

 吸血鬼の様に増殖し、ゾンビの様に蠢く虚ろなる軍勢。

 まさに悪夢のような戦いだったらしい。

 以後、洗脳を含む他者に対する精神干渉系の魔術は琺輪世界では禁忌となった。

 使用したのが判明したら裁判を経ずに即死刑。

 魔術協会監査委員会からの凄腕の術者がすぐさま派遣される。


「どうする? 一つずつ潰してゆくか?」

「……大本を叩かねば意味がない。

 取り敢えず一番近いとこを教えてくれるか?」

「ああ、一番近いのは……」


 精度を上げ、探索を再開する。


「なっ!」

「アルっ!」


 同時だった。

 術式に集中してる為、無防備な姿を晒す俺を庇おうと咄嗟に前に立ちはだかったミーヌと。

 そのミーヌを突き飛ばした俺の胸を魔力光が貫くのは。


「アル! しっかりしろ!」


 胸を押さえ片膝をつく俺を懸命に介抱するミーヌ。

 しくじった……今ので肺と声帯を傷付けた。

 勇者として身体を鍛え上げた俺はまだ戦闘を継続することができる。

 しかし韻を含んだ術式を流暢に口ずさむことが出来ない以上、戦闘力はかなり激減する。


「あら、死ななかったのね」


 大して残念そうでもなく給水塔の上に立つソイツは肩を竦める。


「まったく放課後に許可なく居残りする生徒には厳罰が必要だわ」

「……いったいどういうことだ、先生!」


 そう。給水塔に立ち俺達を見下す様に睥睨するスーツをきっちり着こなし眼鏡が似合う女性。

 それは、俺の初めての担任である名無純子に間違いなかった。



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