34章 決断に惑いし勇者
迸る歓喜に、小躍りする俺を優しく見つめながら女王は話を続ける。
「こうして我はミーヌ・フォン・アインツヴェールとして第二の生を生きる事となった。
何の因果か人として、な」
「どういうことだ?
その姿は化身してるか幻影魔術を使ってるんじゃないのか?」
「さすがに異世界とはいえ我に比肩しうる力の持ち主はいなかったらしい。
この世界の神々は知り得ぬが……
我の憑代とでもいうべき同一存在たるこの娘は人間だ。
幸いな事にこの娘はこの世界の魔術結社の次期後継者に当り、
人並外れた魔力容量を持つ為、通常の魔術を扱う分には問題ない。
しかし……人の身ゆえ華奢で我の力の器には十全足り得ない。
霊的な設計図が指し示す値に生命の構成素が追い付かないのだ。
いつかこの身より溢れ出て暴走しかねない力を押さえる為、封ずるか譲渡せねばなるまい。
我にとって最も憂慮すべき懸念事項だな。
まあ……デメリットだけでなくメリットもある。
汝が望むなら子を為すことも可能な体となったのは珠玉というべきか」
「なっ!
お、おま、何を言って!」
「軽い冗談なのだが……
そう、過剰に反応されると我も照れる……」
口元を押さえクスクス笑みを洩らす。
まったく心臓に悪い奴である。
だが普通の少女の様に明るい笑顔を見せる女王。
そのあどけない無防備な笑みに俺は当惑してしまう。
「しかしそれ故に様々な枷を課せられるのも確かだ。
世界の均衡化作用の影響もあり、
今の我は全盛期の百分の一程しか力を振るえぬ。
普通に暮らす分にはそれで充分だがな。
だからアルよ、汝は選ばねばならない」
「何を、だ?」
「琺輪世界に帰るか否か、だ」
「か、帰れるのか!?」
「無論。
されど選択せねばならぬ。
この世界に「転生」することにより、我等は命を繋ぎ止めた。
なればこそ新しき生をどう生きるべきか決めなくてはならない。
渡界魔術は今の我には大魔術になる。
日々減退してゆく我の力を考慮すると猶予は次の満月。
月齢の加護と世界に満ちる魔力波動が最高に高まる満月を以って執り行わなくてならないからだ。
その機を逃せばおそらく次はない。
性急な要望だが……あと5日間で決断してほしい」
憂う様に告げる女王。
その顔はどこか悲哀を孕んでいるような気がした。