33章 朗報に転げる勇者
「最終決戦の事は覚えているか?」
「当たり前だ。
たった2日前の事を忘れるものか」
「そうか……
汝にとってはまだ2日ほど前の出来事なのか……」
意味深に頷く女王。
何が彼女をそうさせるのか、どこか疲れたかのように溜息をつく。
しかし改めて瞳に力を宿し女王の述懐は続く。
「話を続けよう。
人族と魔族との最終決戦。
そう、我の主観時間にして『半年前』に起きた戦い。
我は汝の捨て身の一撃を受け、存在を象る核を打ち砕かれた事により滅び逝く定めにあった。
されど汝も全ての力を使い果たし、そのまま死に逝く事は免れぬ定めにあった。
だから我は、汝と共に我の考案せし闇魔術の術法「異界に揺蕩う虚ろなる欠片」を掛けたのだ。
有り得るかもしれない可能性に賭けて」
「何なんだ、その術法は?
それがどうして異世界に転生することになる!?」
「まず勇者……いや、アルよ。
同一存在というものを知ってるか?」
「同一存在……?
いや、知らないが……」
「そうか。簡単にいえば同一存在とは並行世界における我や汝といったところか。
厳密に言えば違うが、99%酷似しておればそれは同一の存在と見做して構わぬだろう」
「それがどう関わるんだ?」
「結論を急くな。
早い男は嫌われるぞ?」
「な!?」
からかうように悪戯めいた女王の言葉に俺は赤面する。
駄目だ。
冗談と分かっていてもこの手の言葉には過剰に反応してしまう。
そんな俺を見て女王はクスクスと笑う。
「アルは面白いな。
汝がこの世界に来てから、汝の事は使い魔を通して視てきたが……まったく飽きさせない」
「やっぱりアレ(彫像)はお前の仕業か。
その件についても色々尋ねたいんだが」
「まあ順を追って話そう。
人に限らず、意志を持つ者はその内に「霊的な設計図」を持つ。
そして、その設計図を現実に形作るのが「生命の構成素」だという事は分かるな?
滅びを免れぬ我と汝。
そこで我は汝と我を闇魔術の術法により、生命の構成素を紐解き解体し、霊的な設計図に上乗せし転写したのだ。
この世界ではなく異世界での同一存在たる我らに。
数多き並行世界の中では同じように死に逝く我等の同一存在がいる。
そこでその者の死が確定した瞬間に合わせ転写を行ったのだ。
終わり逝く可能性と生まれいずる始まりの可能性。
異世界での同一存在ならほぼ拒絶反応を起こすことなく転写できる。
無論弊害もあるがな。
完全な転写でなく転生に近い術式の為、
基礎となる素体の影響をどうしても受ける。
汝も経験があるのではないか?
知り得る筈のない知識を知り得ていたり、何かに郷愁を駆られたり。
それは汝を象る身体が覚えている記憶なのだよ。
そうして我と汝はこの世界に「転生」した。
我は半年前大病を患い病死したミーヌ・フォン・アインツヴェールの同一存在として、な」
「……つまり琺輪世界で確定した滅びの因果を免れないが故の裏技、
ということなのか?」
「理解が早いな。
まったく聖剣の力だけならまだしも、あんな骨董的な御業< >なんぞを振るわれてはさすがに我も滅び逝くしかない。
アルよ、あんな御業を何処で学び得たというのだ?
あんな秘儀が伝達されるていることすらおかしいのだぞ」
「戦友から、と。
それ以上は言えない」
「そうか……配慮が足りなかったようだ。
浅はかで、すまない。
汝にとっては我は……仲間の仇でもあるのだから」
「恨み言を言うつもりはない。
皆、覚悟をしてお前に挑んだんだ。
その過程をどうこうは言わないさ」
「……まったく汝は。
そう、誰も彼もが憎悪に駆られ我に立ち向かう中、汝だけが純然たる闘志を以って我に向かってきた。
流石は<希望>を起源に抱く光明の勇者。
魔族の女王として<絶望>を起源に抱く我にすら期待させるほどに。
……どこかの世界では我と汝が相対するではなく、平穏な生き方があったのではないかと」
「それがお前の望みだったのか?」
「そうだ。我は魔族の女王たる立場に疲れた。
誰も彼もが我に期待を寄せる。
だが我は何なのだ?
人族の憎悪を一身に背負い、
悠久の時を一族の歯車であり続けなくてはならない。
こんな我に存り続ける意味などあるのか?」
「お前……そんなに追い詰められて……。
だからだったのか?
賢者や論者は議論していた。
本来のスペック差を考えれば魔族が人族と「対等に」戦える筈がない、と。
本気を出せば各国の連携を待つ事無く、瞬く間に人族を滅ぼせた筈だ、と。
ならばお前が裏から手を回していたんじゃないか?
天秤……戦力のバランスを保つ為に」
「……やはり聡いな、アルは。
我は可能性を信じたかった。
人族と魔族が手を取り合う……そんな儚い夢を。
戦争と闘争による疲弊により、戦い争う事の意義を疑問視する声が出れば和平に繋がる。
だが我の目論見は甘かった。
互いの存在を憎しみ合う人族と魔族。
理由があり戦うのではない。
存在することすら赦せない。
つまりどちらかの絶滅を以ってしか終わりがないと気付かされた。
だから我は……」
「……遠回りな自殺だったのか?」
「違う!
一族の事を思えば我は眠りにつくしかなかった。
柱たる王がいない今、我が滅びるか眠りにつくことにより魔族は休眠期に入る。
そうなれば今の世代では無理でも、いつの日か……
次世代ならいつか和平を結べるかもしれない」
「それがお前の夢か?」
「そう、我が欲しいのは恒久の平和などではない。
時に憎しみ合い、されど互いを思いやる事ができる。
仮初めなれど平和で豊かな時代が欲しかった……この日本のように」
「なるほど……それで最終決戦という茶番を仕組んだ訳か。
自然な形でお前が舞台から退出する為に」
「その通り。
選抜されし人族の勇者達。
彼らになら討たれた事にされてもいいと思った。
勿論魔族の女王として力を誇示することも忘れはしなかったがな。
人族が勝ち過ぎれば、今度は人族による魔族の虐待が始まる事は必然だから。
死力を尽くした上での「双方痛み分け」が理想だったのだが……
汝の存在が計算を狂わせた」
「俺が?」
「そうだ。勇者達を倒した上で我は封印という名の眠りにつく筈だったのだが……まさか汝が本当に我を斃してしまうとは思わなかった。
数々の偶然が味方したにせよ、本来なら有り得ない戦果。
勇者の名は伊達ではないというか……起源いい加減にしろ、と愚痴りたくなる」
珍しく立腹したようにまなじりを寄せる女王。
策士策に溺れるというか、こいつにも色々あるのだろう。
「それから慰めになるか分からないが、我らが転生する瞬間、残りの魔力を使って汝ら勇者達に蘇生魔術を施しておいた。
半分は無理だろうが、息を吹き返す者はかなりに上る筈だ」
「なっ!!
ほ、本当かそれは!?」
「汝を騙してどうする。
我は誤魔化すことはあっても事実しか語らぬよ」
驚愕し椅子から転げ落ちそうになる俺に呆れた様に応じる女王。
皆とはいえないが、仲間達が生き返ってるかもしれない!?
それは俺にとってここ2日間で何にも勝る朗報だった。