31章 夕闇に訪れし勇者
完全に何らかのスイッチが入った綾奈を宥め、群がる好奇心に駆られた獣達に事情を説明している内に放課後が迫る。
今のままでは動くせよ何にせよ、如何ともし難い。
何とか夕刻まで皆へアイツの事を尋ねて回り、情報をかき集めた。
それによると、この学園での女王の名は「ミーヌ・フォン・アインツヴェール」というらしい。
諸外国の貴族の血脈に連なる由緒正しいお姫様。
黎明学園へは親の仕事の都合で1年前から通い始めた。
半年程前に大病を患い1月程入院したものの奇跡的な回復を遂げ復学。
以前はどちらかというと人付き合いが苦手な楚々たる薄幸の美人タイプだったが、復学後は快活で面倒見が良い性格に変貌。
さらに運動神経抜群で成績優秀。
ミステリアスだが親しみやすい先輩として誰しもが憧れる存在になった。
趣味は小物集め(魔術用の触媒にするのか?)。
特技は占い(そら当たるだろうよ)。
ファンクラブや有志による親衛隊まで結成されてるようで、休み時間の度に俺は女王との関係を幾度も詰問された。
俺が知り得たのはその程度。
だがそれ故に俺は当惑する。
何故なら俺の知るアイツとは、その姿があまりにもかけ離れていたから。
そう……<暗天邪ミィヌストゥール>と人々に恐れられていたアイツの姿とは。
無邪気に俺に好意を寄せ悪戯っぽく微笑むミーヌと。
闇の玉座に鎮座し冷然と俺達を睥睨した女王と。
いったいどちらが本当の姿なのか?
俺はそれを確かめなくてはならない。
(覚悟は良いのか、我が主よ)
人気のない旧校舎を歩む俺に、携えた聖剣に宿る<剣皇姫ヴァリレウス>が語り掛けてくる。
「ああ、俺は確かめたい。
アイツを……アイツの真意を」
(事情は聞いたが彼我の戦力差は明確。
戦闘になれば勝率は万に一つもあるまい)
「それでも、だ。女王討伐に散って逝った仲間の為にも。
光明の勇者たる称号を俺に授けてくれた人々の為にも。
俺は……行かなくてはならない。
行って、全てを明らかにしなくてはならない」
(ならば妾はもう何も言うまい。
ただ主よ、お主も気付いておろうが妾達の……)
「ああ、能力の減衰だろ?
昨日は気のせいかと思ったが間違いない。
日々枷を課せられたかのように制限されていく感じがする」
(……おそらく世界の修正力とやらなのかもしれぬ。
妾達はこの世界にとって異物。
さらにこの世界にとって突出した能力を持っておる。
故に、世界は不均衡を是正し平均化することにより釣り合いを保とうとするのじゃろ)
「理屈はどうでもいい。
詳しい事ならアイツが喋ってくれるさ」
図書室前に立った俺は扉を軽くノックし、開け放つ。
黴臭い古書が並ぶ今は使われてない書棚。
その奥にある樫の大机に腰掛け古書を捲る女生徒が顔を上げる。
俺の姿を認め古書を閉ざす。
そして閉眼し長い繊脚を組み髪をかき上げる。
「なぁ……暗天邪ミィヌストゥール。
いや、ここではミーヌ・フォン・アインツヴェールと呼べばいいのか?」
俺の問いに女王はゆっくりと眼を開き……
嫣然と、運命を嘲笑するかのように微笑んだ。