2章 戦闘に臨みし勇者
聖剣を携えたまま、瞬時に彼我の戦力差を測定。
相手は三人の成人男性。
手に持つナイフを扱う手付きはどこかぎこちなく、一方的な暴力に慣れてはいても戦闘に慣れた者の動きでは無い。
異世界人という事を差し引いても、街のゴロツキレベルの相手。
制圧するのに問題はない。
俺は無防備に目の前に立つ男の膝へおもむろに前蹴りを放つ。
体勢を崩し、膝を折るその男の頭を流れる様に反対の足で蹴り飛ばした。
牽制のつもりだったが、その一撃で男は昏倒してしまった。
これには正直拍子抜けた。
「手前ぇ!」
突然の事態に色めき立つ残りの二人。
しかし激情に身を委ねるその動きは緩慢ともいえるほど未熟。
俺は聖剣の峰を使いナイフを突き刺してきた男の横顔を打ち据える。
その勢いを殺さず残りの男の腕を左肘で跳ね上げ、
束の間今度は聖剣の柄を鳩尾にめり込ませる。
「がはっ……」
横隔膜が痙攣し、絶息する男。
呼吸を求めるのに息が出来ない生き地獄。
(他者を傷付ける事には慣れていても、自らが傷つく事には慣れてないな)
俺は蔑視を以って苦悶する男達を見下ろした。
妖魔や魔族を相手に磨いてきた体術に男達は為す術もないようだ。
ここが異世界とはいえ、俺は闘える。
確固たる実感として闘志が湧く。
しかし勇者として戦い抜いてきた経験が突如警鐘を鳴らす。
この男達に危険はさほどない。
(ならば考えられる事態は……)
離れた茂みから覆面をした男が立ち上がる。
(やはり伏兵か!)
撃って出ようとした俺は、その男が持つ物に注意が引かれる。
俺は瞬時に固有スキルの一つ<鑑定>を発動し対抗。
『黒い光沢を持つ細長い鉄状の筒。
内部に火のエレメンタルを多数内包。
クロスボウに似た引き金を標的の手元に確認。
錬金術師が扱う火薬を使用した射撃装置と予測』
それらの情報を刹那に補足。
俺が目標ならば聖剣を盾にすれば防げる。
しかし後ろの二人が狙われた場合、万が一がある。
そう判断した俺は光明の勇者の由来、洸魔術を唱えた。
「光鏡盾<ライトリフレクト>」
俺だけに留まらず、後ろの二人をも包み込む、光り輝く格子状の障壁。
対物理・対魔術に優れた光の盾だ。
構成が早い洸魔術だから間に合う展開。
俺は異世界でも問題なく発動する魔術に少し安心しつつ、覆面男の挙動を伺う。
そいつは多少動揺したようだ。
だが動揺を打ち消した覆面男はついに引き金を引いた。
瞬間、雷音と共に障壁に雨垂れを叩きつけるような波紋が広がる。
驚いた。
あんな小さなモノから、
A級クラスの魔術に値する殺傷力を持つ衝撃が迸っている。
(さすが異世界。
驚かせてくれる)
しかしこの程度なら勇者の称号を授けられた俺の敵ではない。
俺は障壁の構成式に干渉。
防御式を維持しつつも攻勢式へ一部変更。
格子の一部が蛇の様に唸り、男の手からソレを撥ね飛ばす。
「っち! 引くぞ!」
覆面男はそう言い放つと、周囲の男達も這う這うの体で後を追う。
こうして俺の異世界での初戦闘は、何とか怪我人を出さずに(無論男達は別だ)終了したのだった。