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28章 運命に出逢う勇者

 3・4時間目<体育>


 身体を動かす時間がわざわざ設けられてるのが不思議だが、都会に住んでると運動不足になるのだという。

 琺輪世界では考えられないような事態である。

 ましてこの時間は、防犯の為カリキュラムに取り入れられているという護身術がメインとなってる。

 それとなく周囲の者達に尋ねるも、寒い体育館に篭もり体術を習う授業は生徒達にはすこぶる評判が悪いとのこと。


「あ~こんな寒いのに護身術の授業だなんて。

 アル君も最初からこれじゃあ堪ったもんじゃあないわねぇ」


 女子生徒から掛けられる声に俺は苦笑いを返す。

 俺がこなしてきた『実戦』に比べたら 高校生レベルの護身術の鍛練など、お遊戯以下である。

 護身術自体は警察などで教えられる体術の流れを組み、各種の組み討ちなどが含まれているらしいが。

 異世界の武術体系を若干楽しみにしつつ道着に着替えた俺は教師の指導を待つ。


「アルティアは何かやっているのか?」

「はい、少し」

「ほう、それは楽しみだ。

 乱取りでどのくらい出来るのか 少し見せてくれるか」

「はい」


 若い体育教師に尋ねられた俺は素直に応える。

 さていかに手加減をしようか、などと考えながら柔軟体操で体をほぐす。

 実際に俺の習得した武術は体裁きの初動が柔軟体操替りとなっており、準備の必要は無いのだが 学生生活を楽しむ俺はにこにこと笑いながらこれをこなした。

 浮かれていたと云っても良い。

 その為に肝腎な部分を忘れてしまっていた。

 いざ俺と向き合った瞬間、体育教師は金縛りに遭った様に動けなくなってしまったのだ。


「!!」


 構えもしない。

 自然体のままの俺である。

 が そんな俺から常時発散する殺気というかプレッシャーとでも云うべきものに圧倒されてしまったのだ。

 内心マズッたと思いながらも顔に出さずスタスタと歩いて教師に接近し間合いを詰める。

 反射的に俺を掴もうとした教師であるが それが出来ない。

 彼の手指は俺に向かうのだが自然体のまま可動域を見切り歩む俺の体捌きに触れられないのだ。

 幼子を諌めるかの様に軽く左手を伸ばす。

 次の瞬間、教師の身体はクルリと回り 受け身を採れない角度とスピードで背中からマットに叩き付けられていた。


「しまった……」


 ただの一度の投げで教師は失神してしまった。

 周囲も驚いたが俺も驚いた。

 充分以上に手加減した上で左手の指3本しか使わない投げである。

 手心を加えた事はあるも、これまで俺は本当の意味で手加減をした事が一度として無いのだ。

 鍛練の相手は 実力に並ぶ者達を相手にしていた。

 そして実戦においては 妖魔や魔族を相手にした魔戦である。

 手加減の程度などを覚えるよりも 自身の技と心を磨く事に全力を尽くすので精一杯だった俺は その点での見切りが全く出来なかったのだ。

 女子の方を見ていた女性教師が驚き駆け寄る。

 生徒達も唖然として見ている。

 この体育教師は国体までいった柔道3段という称号持ちだったらしい。


「あ、その、すみません。

 もっと手加減すべきでした」


 思わず謝る俺。

 3分程で教師は息を吹き返したが 感心する事しきりであった。


「凄いな……全く動けなかった。

 あれでも手加減満開なんだろ?

 一体どんな技なんだ、今のは?」

「いえ、襟首を指先で摘んで転がしただけです」


 体育教師は 酷く傷ついた貌をした。

 それなりに自信を持っていたのに 構えすら取らず技すら使わない相手に瞬時に失神させられたのだから。


「拳法か? 古柔術か?」

「いえ、練法です。」

「れんぽぅ? 聞いた事の無い流派だな。

 どのくらいまでいってるんだ?」

「はぁ……一応は免許皆伝ですが」

「免許皆伝!?

 ……柔道3段程度じゃあ話にならんなぁ」

「俺の習得した練法は生死を賭けた実戦を想定した武術ですから。

 敗北=死という負けられない戦いを勝つべく心身を鍛え上げます。

 柔道はどちらかというとスポーツ寄りですから、相手に武術の心得の無い場合はともかく 決まり事の無い実際の闘いの役には立ちづらいと思います。

 俺としては打撃技や関節技が有る流派の習得をお奨めしますが……」

「そうか……凄いもんだなぁ、アルティアは」


 得心がいったように体育教師は頷く。


「アルティアはこの時間は俺の権限で授業免除だ。

 代わりに護身術の指導を手伝ってくるか?」

「はい、了解です」


 俺は教師に一礼をすると、遠巻きに見ていた級友達のとこへ向かう。

「すげーーー!!

 ゴリけん(体育教師の愛称らしい。ひどい)が手も出ないなんて!」

「おいおいマジかよ。マジでやべーって!

 アル、俺にも教えてくれ!!」

「アル君カッコイイ!!」

「男子ばっかずる~い。

 あたしたちもアル君に教わりた~い」


 歓声が飛び交う中、俺は苦笑しながら乞われるまま級友達を指導していった。


 <昼休み>


 流石の恭介も昨夜の騒動の後で二人分のお弁当を用意する事は叶わないらしい。

 綾奈と級友達と共に談笑を交えながら学食に向かう。

 学食では日替わりの定食や好きな物を注文し、受け取る事が出来るとの事。

 物資に溢れたこの国ならではの方式である。

 細やかな学食のシステムを受けながら、俺はトレイを持ち……

 視線の先に捕らえた人物を見て固まる。

 声も出ない。

 否、出せない。

 驚愕に、手からトレイが滑り落ちてゆく。

 床に落ち耳障りな音を奏でるトレイ。


「アル君?」


 怪訝そうに尋ねてくる綾奈に満足に答える事すら出来ず俺は譫言の様に呟く。


「ミィヌ……ストゥール……」


 妖しくも美麗な容姿。

 流れる鮮やかな金色の髪。

 豊満ながらメリハリのついた身体。

 探し求めていた相手。

 生死を賭けて臨んだ相手。

 蠱惑の笑みを浮かべ、俺の運命がそこに佇んでいた。


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