26章 好奇に晒さる勇者
雑談で盛り上がる学園長室にトントン、という扉を叩く乾いた音が響き渡る。
「失礼します」
そう一礼し入室してきたのは歳の頃は30前後。
スーツをきっちり着こなし眼鏡が似合う女性だった。
「おお、名無君。よろしく頼むね」
「はい、学園長。
君がアルティアくん?
担任の名無純子です。よろしくね」
ハキハキした感じで握手を求められる。
慌てて応じる俺。
利き手を預ける様なこういう行為は琺輪世界には無かった為、違和感を感じる。
そんな俺を見て名無教師は緊張してると勘違いしたのだろう。
唇の端を歪ませ微かに笑みを浮かべる。
「日本語は大丈夫よね?」
「はい。あと英語を含め、数ヶ国語は」
「それは頼もしいわね。
日本語オンリーの私も見習わないと。
じゃあ時間も時間だし、貴方が学ぶ教室へ案内するわね。
それでは学園長、失礼します」
「うん。よろしく」
「儂からも改めてよろしくな、アル」
「お任せください」
「了解です」
雑談を続ける二人を後に、名無教師に付いていき辿り着いた教室。
近代的設備ながらも、どこか郷愁を駆り立てる様なシックなデザインの中へ共に歩む。
クラス中の注目が一心に注がれる。
好奇心に輝く瞳。
こちらを見ながら囁き合う同年代の少年少女。
どこか居心地の悪さを感じ、俺は聖剣を入れた剣袋の位置を抱え直した。
そんな俺を見て、奥の席にいる綾奈が小さく手を振り笑う。
「ハイハイ、騒がないでね。
話は聞いてると思うけど、今日から皆と共に学ぶことになる留学生のアルティアくんです。
武藤さんの家にホームスティしに来たらしいわ。
ウェールズ出身らしいけど、日本語も堪能との事。
気後れせず皆さんも仲良くして下さいね」
「アルティア・ノルンです。
田舎から出て来たので色々物を知りませんが、よろしくお願いします」
最初に英語で(武藤翁と話して知ったのだが、琺輪世界の大陸共通語と英語はよく似ていた。少し文法が違う程度だ)次に日本語で自己紹介し一礼をする。
途端上がる歓声と黄色い悲鳴。
何だろう、この独特な雰囲気というかテンション。
戦場の鬨の声とは違う喧騒に、俺は思わず当惑し後ずさる。
「ほらほら、質問は後でゆっくりとね。
ではアルティアくん、貴方の席は武藤さんの隣りよ」
「はい」
クラス中の好奇の視線に晒されながら、綾奈の隣りの席に座る。
その行為にすら皆の関心を引き寄せるようだ。
さすがに苦笑を浮かべる俺に、小声で囁いてくる綾奈。
「すっかり注目の的になっちゃったね、アル君」
「まったくだ。こんな俺の何が面白いんだか」
「……君が気付いてないだけで、結構ポイント高いんだけどなー」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもなーい」
呆れた様に肩を竦める綾奈。
俺はどこか腑に落ちない思いを抱きながらも、異世界にして人生初の学校の授業に取り組むのだった。