表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/198

22章 星下に微笑む勇者

 武藤家の中庭へ何事もなく着陸し、抱えていた綾奈を下ろす。


「調子はどうだ?

 歩けそうか?」

「ん……大分力が戻ってきたみたい。大丈夫」


 生まれ立ての小鹿の様に身体を震わせながらも、綾奈は俺に寄り縋りながら自分の足で歩み始めた。

 その様子に胸を撫で下ろしつつも、俺は母屋へ声を掛ける。


「恭介! 戻ったぞ!」


 すると足捌きに気を配る余裕もないのか、ドタドタ騒がしい音を立てながら恭介が飛び出てくる。


「御無事ですか!?」

「ああ、この通り綾奈も俺も無事だ。

 ただ拉致された時に綾奈が弛緩系の薬物を使用されたらしい。

 軽く解毒をしておいたので大丈夫だと思うが、一応今夜は安静にしておいた方がいいな」

「そうですか……でも良かった、本当に」

「ごめんね、恭介さん。心配掛けて。

 私、大丈夫だから。

 ひどい事もされてないよ」


 弱々しい笑みを浮かべながらガッツポーズを取る綾奈。

 その気丈さを装う様が儚くもいじましい。


「本当に心配させられましたよ。

 しかしアルの素早い対処のお蔭で迅速に対応出来たのが功を奏しましたね」

「ああ。

 だがこんなのは、たまたま上手くいっただけだ。

 次はない」

「ええ、分かってます。

 組としても対応を考慮し」

「綾奈!!」


 沈痛な表情を浮かべながら項垂れる恭介を遮り、一際大きい呼び声が母屋より響き渡る。

 両手をわななかせながら出て来たのは、心労で憔悴した武藤翁。


「おじい……ちゃん……」

「綾奈……」


 触れ合うのを怖れる様に恐々と近寄る二人。

 互いの吐息が触れ合う距離まで密着し、武藤翁は綾奈の全身を見渡す。

 別れを告げた朝に比べ、幾分か薄汚れた綾奈。

 廃ビルに監禁されたのだ。

 無理もあるまい。

 だがそれ以外は何も変わらぬ綾奈。

 しかし何事も変わらぬというその事実。

 武藤翁の双眸から安堵の涙が滑り落ちる。


「綾奈! 綾奈!!

 ……無事で良かった!!」

「お爺ちゃん! お爺ちゃん!! 

 怖かった!! 怖かったよ!!」


 堰が切れたかの様に号泣し抱き合う二人。

 武藤翁は孫娘の無事を幾度も幾度も確かめる様に。

 綾奈は己の状態と家族に心配を掛けつつも無事帰宅できた現状に。

 互いに認識し合いながら歓喜の涙を流していく。

 俺はそんな二人と、

 二人を優しく見守る恭介を背に足早に場を離れる。

 暗闇へ歩みながら思い返すのは、ほんの数日前の出来事。

 世界の趨勢を巡る戦い。

 勇者として仲間と共に大陸を転戦し続けた日々。

 それこそ数え切れぬ悲劇があった。

 守れた者も、守れなかった者も。

 間に合った事も、間に合わなかった事もある。

 でも俺達が胸に抱くのいつでもささやかな報酬。

 喜び合う人々の笑顔と涙。

 例え自己満足でもいい。

 どこかの誰かの笑顔の為に。

 力を尽くし、そして良い結果を得られたのなら……

 それは俺達にとって何よりも得難い最高の報酬だった。


(皆……今日は間に合ったよ。

 まだまだ謎多き異世界だが……

 頑張るよ、俺)


 見知らぬ配置の星々。

 人口の明かりに照らされ、朧げにしか見えない星空を見上げながら、

 俺は拳を握り、ささやかな報酬を噛み締め微笑むのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ