20章 推移に窮する勇者
「お前!」
認識するより早く駆け出す。
しかし捕獲しようと伸ばされた手はまたも宙を掴むのみ。
素早く上空に舞い上がった彫像は、俺を呆れた様に一瞥すると綾奈の囚われているビル目掛け羽ばたいていた。
「くっ!」
こうなっては強行突破しかない。
俺は意識圏を維持しつつ高速思考、高速反射、身体強化の付与魔術を多重起動。
軋みをあげる頭蓋の痛みを強制的に遮断し、光束縛糸の術式をスタンバイしながらヤツの後を追う。
「来たぞ!」
「殺せ!」
物騒な呼び掛けをしながら俺に銃を向ける輩が2人。
俺は加速された思考の中、そいつらの動きを意識圏で把握。
続けざまに撃たれた弾丸を回避するべく上体を逸らす。
スローモーションのように目の前を過ぎ去ってゆく弾丸。
視界の端にそれらを留めながら、意識圏で補足してる奴等目掛け、俺も昼間確保した銃で応戦する。
使い方は<鑑定>スキルで大よそを判断。
狙いを定め引き金を引く。
轟音と共に放たれる銃弾。
反動を無理やり抑え込み連射する。
「こいつ銃が効かなっぎゃああ!!」
「タマを避けぶはっ!!」
身体に銃弾を受け、血飛沫をあげて倒れ込む二人を確認。
すぐさま光束縛糸の術式を発動、
光糸による9階までの回廊を形成し駆け上がる!
「るううううううううううううううううううううううあああああああああ!!」
ブーツの底で窓ガラスを叩き割り突入、驚愕に立ち竦む5人の男達。
離れたソファーの上にガムテープで縛られ昏睡する綾奈の姿を捉えながら、残った銃弾をそいつらに叩き込んだ。
抵抗する間もなく、加速された俺の攻勢の前に倒れてゆく男達。
しかし俺は油断なく周囲を見渡し警戒体勢へ。
(彫像は!?
何処へ行った!?)
だが苦悶の声を上げる男達の身じろぎばかりで、ヤツの気配はない。
(杞憂だったか……?)
そっと嘆息した瞬間、
いかなる偶然か倒れ込んだ一人の男の手から銃が滑り落ち、引き金に指が絡む。
そして更に間の悪い事に、銃口の先は綾奈を向いていた。
轟音と閃光、火花を上げる銃口。
「っ!!」
間に合わない。
加速された時間の中、螺旋状に突き進む銃弾を確認。
身体能力を屈指して阻止しようとするも僅かに及ばす。
それでも諦めず懸命に俺は足掻く。
嘲笑う彫像を幻視。
(くそっ!)
あと一歩の所で、
俺は、また失うのか!?
また守れないのか!?
無力感に絶望しかけたまさにその時、突如として綾奈の影から現れた闇の障壁に銃弾は飲み込まれた。
「え?」
理解が追い付かない俺。
何故それ(闇の障壁)が?
呆然とする暇もなく、今度は男達が影の中へ沈んでいく。
否、抵抗すら許さず飲み込まれていく。
「何が何だか!」
俺は急いで綾奈の束縛を解くと、綾奈を抱え込み中空へ身を躍らす。
光糸を支点とし、振り子運動の要領で離れたビルの屋上へ着地。
背後を振り返って見ると、地面にポッカリ開いた闇の中へビルが吸い込まれていく所だった。
「これはいったい……」
事態の推移に頭がついていかない。
彫像の仕業なのか?
それとも女王の力か?
困惑し迷走する思考。
理解できない経緯。
そんな俺を小馬鹿にする様に、どこかで羽ばたく翼の音がした。