19章 襲撃に悩みし勇者
闇夜に照らされる摩天楼の上空を駆ける。
加速し流れる視界。
身体に掛かる圧力。
雄大な都市を眼下に見やりながら、昼間に散策した街並みと照合する。
流石は高速飛翔呪文。
物の五分と掛からず、目的地であるビルが見えてきた。
しかし魔力場の術式維持に神経を注ぎながらも、俺は微細な身体の違和を感じていた。
確かに全力を出している。
ただ、何か枷に嵌められた様な能力の減衰。
それは百分の一にも満たないだろう。
が、それが生死を分ける事もある。
俺は不明瞭な違和感に内心舌打ちしながらも、監視があるか分からないが安全を期する為ビル近郊で魔術を解除。
自由落下にインバネスをはためかせ、
着地直前に慣性制御呪文で衝撃をキャンセル。
物陰に身体を滑り込ませ様子を窺う。
ビル及び周辺に大きな動きはなし。
どうやら気付かれなかった様だ。
安堵の溜息をつきながらも、綾奈の消息と奴等の動向が気になる。
俺は続けざま広域探査呪文を唱えた。
「光波反響<ライトロケーション>」
この魔術は自らを起点とする広範囲へ不可視の光波を打ち出し、跳ね返ってきた光波によって周囲の様子を知る事ができる。
俺は剣技を主体とした前衛戦闘型なので、こういった魔術は補助程度にしか扱えないが、優れた術者なら遙か数km離れた対象物の「距離」から「姿形」はもちろん「材質」や「内容物」まで見分ける事が可能だという。
だが、たかが数十メートルなら俺でも十分だ。
ビル内及び周囲を隈なく探査する。
いた。
屋上近い9階、縄か何かに縛られた綾奈の姿が脳裏に描き出される。
意識は無いようだが、衣服の乱れは無し。
幸いな事に暴行等はされてはいない様だ。
その事に胸を撫で下ろす。
しかし拉致した輩が拉致した輩だ。油断はならない。
一刻も早く救出しなくてはと歯噛みするも、まずは情報の収集が重要。
俺は魔術の探査を続行する。
綾奈の周囲に5人、ビルの要所に9人、屋上に2人、そして人気のないこのビルの周囲にもそれらしい輩が何人か。
その内銃を持つ者が10人。
さらに罠らしい爆発物が仕掛けられてるのが綾奈のいるドア手前に見えた。
俺は光波反響の呪文に重ねて<鑑識>スキルを発動。
その爆発物が火薬による衝撃を利用し、周囲に鉄の球をバラ撒く極めて殺傷力の大きいものだと推測。
なるほど、力任せで無策に突っ込むとアレの餌食になっていたのか。
まあこうして判明した以上、脅威でも何でもないが。
さて……どうするべきか。
銃を持つ者が幾人かいるが、光波反響による意識圏を維持している限り銃弾は当たらないので何とでも捌ける。
問題は「いかに綾奈に危害を加えられずに救出するか」という事。
こういう時、あいつらがいれば……と痛感する。
導師級魔術師のエゼレオなら、麻痺や昏睡の魔術で制圧するだろう。
司祭級神官長のフィーナなら、安息か平和の法術で場を収めるだろう。
そしてカイルなら……戦いにすらならない。
東方出身のカイルの技「操糸術」は対人相手なら無双を誇る。
極細の鋼糸を自由に操るその技は、死神とも形容された程だ。
いない奴等の事を思っても仕方ないが、脳筋と蔑まされてきた俺では力押し主体の作戦しか思い浮かばない。
煩悶する俺が焦れて攻勢に出ようとした時、
「クア」
と、背後の路地に物陰から声が響く。
(そこには誰もいなかった筈なのに!)
慌てて振り向く俺の視線の先にいたのは。
どこかユーモラスな笑みを象った小振りな有翼の彫像。
女王に繋がる手掛かり、昼間に逃したヤツだった。