1章 窮地に来れる勇者
暗闇を突き抜ける。
熱く激しく。
冷たく静かに。
庭園を走り抜けた先、月明かりに照らし出された広場にいたのは黒服の男達に襲われる初老の男性と縋りつく少女。
男性は必死に少女を庇うも、男達はそれを嘲る様に笑い、蹴り倒す。
救いを求める少女の哀願。
それだけで理由は充分だった。
異世界?
襲われる事情?
だからどうした。
そこに助けを求める人がいて、ここに俺がいる。
ならば俺は弱き人々を救う為に戦える!
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は気勢を上げると、その勢いのまま黒服の男達の前に立ち塞がった。
「てめえらどこの組のもんだ!」
私を庇いながら、お爺ちゃんが男達に尋ねる。
しかしその問いに男達は答えず、嫌らしい笑いを浮かべるのみ。
お爺ちゃんと御飯に出掛けた帰り道、近道である公園を通ったのが裏目に出た。
「武藤組組長、孝右衛門だな?」
誰何するなり私達を囲む男達。
お爺ちゃんは所謂<ヤクザ>というカテゴリーに分類される仕事をしている。
任侠を重んじるお爺ちゃんは、街の人々に尊敬され、頼りになる存在だった。
それが目障りだったのだろう。
最近では対立する組に無言電話や中傷チラシなどの嫌がらせを受けてきた。
お爺ちゃんは「気にするな」と無視を続けてきたのだが。
ここにきて、ついに実力行使に出てきた。
勿論私もヤクザの孫娘、決して人に褒められない仕事を祖父がしている以上、いつかこんな日が来ると覚悟していた。
緊急時に戦える様、
大好きな祖父を守れる様、
こう見えても武道で身体を鍛えてる。
でも……駄目だった。
男達から放たれる暴力的なオーラ。
その獰猛な雰囲気に、私の身体は萎縮し思う様に動いてくれない。
(守りたいのに!
大好きな人を守りたいのに!!)
嘲りの言葉と共にお爺ちゃんが蹴り飛ばされる。
恐怖に竦む身体。
でもここで行動しなければ絶対後悔する。
だから私は意志の力を振り絞り、声を上げる。
「誰か! お願い!!」
答える者はいないと知りつつも、私は助けを求める。
17年間生きてきて、この世界は残酷で……優しくない事はよく理解している。
それでも叫ばずにはいられなかった。
それだけが今の自分に出来る精一杯の反抗だから。
「誰もこねえーよ」
小馬鹿に鼻を鳴らしながら男達がナイフを取り出す。
「だからさっさとくたばりな」
鋭いその切っ先が月光を浴び、鈍い輝きを放つ。
倒れたお爺ちゃんに覆い被さり、せめて盾になろうと絶望に目を閉ざした時、
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
裂帛の声を上げて一人の男性が私達の前に庇い立った。
自分と年嵩の変わらない、少年と言ってもいいぐらいの年齢。
闇に溶け込むような黒衣。
印象的な輝きの紫の瞳。
けど私が惹かれたのはその表情だった。
絶望を希望に変えてくれるような、毅然とした意志が伝わるその表情が私を捉えて離さない。
「詳しい事情なんか俺には分からない……」
俯いたまま呟く少年。
「だが……数を笠に人々を傷付けるような輩は、例え世界が違おうが……
この俺の敵だ!!」
凛然と面を上げ男達を睨み据える。
「光明の勇者アルティア・ノルン。参る!」
後に事情を知る事になる異世界の勇者アルとの、これが馴れ初めだった。