195章 推移に備える勇者
そして一刻後。
完全に趨勢は期した。
無論、結果は俺達の完勝とでもいうべき優位である。
一方的な蹂躙に慣れ、数に任せ戦い方を怠ってきたモノ達と。
常に己を研鑽し、自らを磨いてきた者達の差。
能力的な問題で云えば人族サイドの不利は否めない。
しかし戦いに挑む者達の目的意識が圧倒的に違った。
命運を懸けて背水の陣を敷く人族。
命じられるまま殺戮を愉しむ人外。
奇しくも守りと攻めに分かれた両者。
けど一人一人が抱く想いの力は別だった。
俺達の背には皆の、世界の安寧が宿っている。
なればこそ退く訳にはいかない。
それは昔、勇者任命式にてリヴィウス王から受けた忠告に背く事かもしれない。
だがこの一戦だけは王都の……カムナガラに住まう人々の為に一命を賭する価値がある。
嚆矢の矢のごとき先駆けから鶴翼を為し、波状掛けに布陣し行進。
俺には完全に行使出来ない戦術スキル。
でも各国・各種族の指揮官なら話は別だ。
最も被害が最小で、されど最大の損耗を敵に与えるべく檄を飛ばす。
捨て駒にされた傭兵隊の隊長が言っていた言葉がリフレインする。
大切なのは団結の力。
個としての我ではなく、群としての結。
個人の武の腕より統一された集団が繰り出す攻勢こそが優劣を決める。
まさにそれを体現したような戦いであった。
洸現刃を伸長し大鬼達を薙ぎ払いながら俺は述懐する。
そんな時、俺の傍らに膨大な魔力波動。
空間から浮かび上がる転移魔術用の構成式に、周囲の者達は警戒の声を上げる。
だが俺は声を掛け、皆を諌める。
この魔力波動、そしてこの気配は探るまでもなく――
「大丈夫、アル!?」
「ミーヌ!」
目の覚めるような白杖を手にしたミーヌだった。
髪はほつれ、全身汗ばみ、顔には疲労の色が濃い。
無理もない。
電磁結界維持を後任の者達が継いでるとはいえ、起爆となる術式を明日香と二人で立ち上げたのだ。
如何に膨大な力を持つミーヌとはいえ、その負担は大きい。
でもそんな状況でありながら彼女の魅力は少しも損なわれてはなかった。
駆け寄って抱き締め、労を労ってやりたい衝動に駆られる。
けど今は駄目だ。
自制心を総動員し、努めて冷静な声で尋ねる。
「状況は!?」
「維持式は良好。
あと30分は継続可能だよ!」
「よし。ならば全軍このまま包囲戦術へ移行。
並びに……来るぞ!!」
「うん。絶対にこの機会を逃す筈がないもの」
「各指揮官に伝達!
最大警戒を以って備えろ!」
逸る心と情動を強引に押さえ込み、
俺は最悪の事態に対する命を全軍へと発するのだった。
「ほう……銃器による戦力差をそう覆す、か」
一方、そこは誰もいない上空一千メートルの頂き。
魔術でも法術でもない、ただ力の放出だけで天空に浮かびながら男は嗤った。
その口調にはどこか面白がるようなニュアンスが含まれている。
幾重にも丁寧に染められた布で織られた衣。
それはその男の身分が高貴なものであることを表していた。
しかし男はそんな衣を作法など無粋とばかりに粋に着崩し纏っている。
天邪鬼ことアマノサクガミであった。
世界に仇為す禍津神の宗主。
琺輪世界を弄ぶヘルエヌと双肩を並べるトリックスター。
「くくく……面白い。
本当に愉快な者達だ。
ワンサイドゲームをまさか銃弾の無効化で防ぐとは。
この我を飽きさせぬ」
肩を揺らし陰鬱に嗤いながら天邪鬼は楽しそうに呟く。
「結果が分かっているものほど退屈なものはない。
だからこその天秤の計り。
どちらに加担する訳ではない。
だからこそ拮抗すべく調整はさせてもらった。
愚者が即興劇を踊るこの舞台……
なればこそ、精々この我を楽しませてもらおう」
潰走する終末の軍団を見下ろしながら、
天邪鬼はどこか皮肉げに口元を歪ませるのだった。
その眼に、驕慢さと傲慢さを宿しながら。
大変お待たせしました。
決戦の続きです。
良かったらアルの子孫、ユナ達のシリーズも読んで頂ければ。
一部リンクしてるところがありますので少しはニヤリとしてもらえるかと。