192章 混沌に渦巻く勇者
着地直前に魔術で慣性を強制解除。
全身を襲う重力に抗いながら片膝を着きキャンセル。
開戦と共に慌ただしく動き始める城内の人々。
その間を縫う様に駆けながら、俺は予定された集合地点を目指す。
今はこの一時ですら惜しい。
やがて辿り着いた先は守りの要である城門前。
待ち受けるのは戦士達。
このカムナガラでも有数を誇る勇士達である。
闘技場で俺と共に戦った者達もいるし、
恭介の所属していた機関の者もいる。
中にはヘルエヌの世界改変でこの世界に組み込まれながらも闘う事を選んだ一般人すらいた。
彼等は俺達同様<神名>の祝福を抱く勇者ではある。
しかし死ねば現実世界での死が待ち受けてるのは同じ。
それでも力無き誰かの為に立ち上がる事を決意した19名。
俺はそんな彼を心から尊敬している。
晴れ晴れとした俺の顔に気付いたのか、
ここ数日で訓練や打ち合わせで見知った者達が喜色を浮かべ応じてくれる。
戦時中だというのに微笑みそうな唇を噛み締め、厳しい顔を苦心しながら浮かべ尋ねる。
「状況は!?」
「辛うじて拮抗してます!
ですが銃弾の嵐に我々の防壁が持ちません!」
想定された事態ではあった。
神々とはいえ亜神の力で及ぼす事象には限度がある。
故に今回防御力に優れた岐神に頼んだのは致死性が高い砲弾などの爆発物用の防壁だ。
王城を格子状に覆う防壁は強力無比で、未だ破られてはいない。
その反面、小さな銃弾などには力が及ばないのも確かだ。
例えるなら目の大きな網。
砲弾という獲物は掬えるが銃弾は格子の隙間から零れ落ちてしまう。
だからこそ防衛ラインの構築には土妖精の力を借り可能な限り考慮したのだが。
「被害は?」
「本陣は無事ですが……戦端陣地が幾つか墜ちてます。
負傷は重軽傷者を合わせて157名。
死者も何人か確認されてます」
「そうか……」
被害者のいない戦争などはない。
更にこの戦いが善か悪か、などと崇高な目的を語る気もない。
これは純然たる生存競争なのだ。
よって皆、覚悟は決めて戦いに臨んでいる。
だがそれでも……
甘い考えと言われ様が、被害者は0でいて欲しかった。
胸を焦がす感傷を斬り捨て、俺は隊列の編成を指示。
乱れていた陣形を組み直す。
「いいか、皆!
遊撃として俺達が出来る事は、その類い稀な戦闘力で戦う事じゃない!
少しでも時間を稼ぐ事だ!
いいな? これは厳命だ!!
敵を倒す事じゃない。
生き残る事を優先しろ!!」
「「「「おうっ!!!」」」
各々が所持する武器を掲げ、応じてくる。
気の利いた事を言ってやれればいいのだが、個人で戦ってきたツケがここに露見する。
最終決戦前夜の時もそうだったが、俺に扇動者としての資質は皆無らしい。
人を駒の様に見れないというのは人間としてはともかく指揮者たる将としては失格だ。
ならば俺に出来るのは愚鈍なまでに自分を見せ共に戦う事。
この戦いに勝利し、無事に生き残って再会を喜び合う事が何よりの結末と示す為に。
「恭介様帰還!」
士気が上がる陣地に、外壁を跳躍してきた恭介が降り立つ。
ねぎらいの声を掛けようとした者達は弾かれた様にその場に佇む。
全身返り血に塗れ息を荒げる恭介。
汗が滝の様に流れ落ち、立ち昇る湯気は生臭さを纏う。
そこに貴公子然としたいつもの恭介の姿は無かった。
だが俺は意に介さず恭介へ聞いてみる。
「どうだ?」
「いけますね。
神名発動に合わせて300体。
良くはありませんが悪くもない数字です」
活力付与や回復呪文を受けながら、鬼気迫る表情で物騒な笑みを浮かべ答える恭介。
推測した値よりかなり多い。
これならいけるか?
力量差を考慮し、その半分以下の数値が適性だろうが。
「聞いたな、皆!
ノルマは一人100体。
しかし削りは最小限でいい。
俺達の目的はあくまで陽動であり時間を稼ぐ事だ!」
声を掛けながら俺達は円陣を組んでいく。
ここ数日で幾度も練習し、意志を合わせてきた事。
その成果が今ここに発揮され様としていた。
「恭介、早速で悪いがいいか?
予定時間まで30分近くある。
何としても場を持たせたい」
こうしてる間にも伝達魔術で戦況が簡略化し流されていく。
あれほど苦心した陣地は次々と陥落していき、防衛ラインは虫食い状態。
犠牲者こそ最小限度に抑えられてはいるものの、このままでは多勢に無勢。
いつ本丸へ食い破られるか分からない。
王都を蹂躙する闇の軍勢を食い止める為にも、多少は無理をしなくてはならない。
「愚問ですね、アル。
打ち合わせの時も言ったでしょう?
自分達を使い潰すぐらいで構わない、と」
「ああ、言ったな。
なら覚悟をしておけ。
幾ついける?」
「今なら最大6つですね」
「ならば駿足系をベースに再生か防御系を主軸に。
最悪攻撃系は外して構わない」
「了解!
ではいきますよ……
アル、サポートを!!」
「おう! 神名<無限>!!」
恭介が多重発動する神名。
抗呪・韋駄・金剛・霊即など。
その名に相応しい神々の恩寵。
スキル的なアーツとしてそれらを捉えた俺は、
神威としてそれらの構成を再展開。
対象を拡大する神名<無限>の効果として、
リンクしてる者全てに増幅・拡大をしていく。
これこそ斬り込み隊として結成された俺達100人の勇者隊の切り札、
神名の共有化である。
個々の効果は数段劣化するが、各自に恩寵が授与されるのは劇的だ。
無理をしなければ銃火器の軍勢相手にも互角に戦える。
「時は来た!
いくぞ、皆!!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうう!!」」
怒号の様な歓声。
次々と城壁を跳躍し戦域に散らばる勇者達。
景気づけにぶっぱなされていく術式が妖魔の軍勢を蹴散らしていく。
守備隊の声援を受けながら、俺達は混沌渦巻く戦場へ飛び込むのだった。