190章 神威に開眼な勇者
砕けそうになる膝に活を入れる。
地面と熱烈な口付けを望む脚はどうにか堪えてくれた。
すまないがもう少しだけ頑張ってくれよ。
浮かぶ冷汗を拭い、俺は聖剣を支軸に身体を起こす。
常在型の回復法術により怪我はすぐさま癒される。
だが蓄積される疲労と、身体の芯に残る攻撃は別だ。
おそらく回復の対象外として認識されてしまうのだろう。
そういった点で八咫の攻撃は巧みだった。
威力もさることながら、そういった手合いを選別したかのような構成。
搦め手と言うか、実に厭らしい。
しかしそれが最も有効なのは確かだ。
現に武力ではカムナガラで十本の指に入ろう俺達が地べたに打ちのめされてる。
強大な力と言うより戦上手。
何をすれば相手が一番困るかを把握している。
けど一番の謎は、
矢継ぎ早に繰り出される術式などの構成か。
あれはおかしい。
思考加速による判断などでは断じてない。
まるで「そうなることが決定されている」かのように流れる調べ。
これはいったい?
俺と同じ結論に至ったのか、恭介も怪訝そうな顔をしている。
「君らが疑問に思うんのも無理はない」
俺達二人の視線を受け、八咫は肩を竦める。
「まあ勿体ぶらずにネタをばらせば……
これはな<神威>を知っているか否かの差や」
「神威?」
「そうや。
ボクら亜神ではない真神、
この世界では咲夜様のような方々が用いる世界法則。
神威は世界の流れであり、それを扱う者には凄まじい恩寵をもたらす。
言うなれば「神の威を代る者」としての顕現。
それが神威や」
「それが……神威……」
「っていうか、君達はもう知っておるんやで?
君達のような神名担の勇者が使う神名。
それこそが神威の一端であり力の断片」
「神名が……?」
「ああ、やから意識してみ。
神名を使用するのではなく、神名を持つ君達に流れる世界の恩寵を。
君達を『導き』『流転』する事により万象を循環させようとする世界の意志を。
それこそが神威や」
八咫の忠告通り、閉眼し意識を研ぎ澄ます。
便利なスキル枠での神名ではなく、
神名を通して俺を支えてくれるという絆を確かめる為。
深く潜り込ませていく意識の糸。
果たしてそれはあった。
俺という魂の傍らにあり、支えてくれるあたたかいもの。
遍き輝く光輝。
惑い儚げな朧。
勇壮なりし刃。
遮り守る障壁。
祝福という名の加護であり結ばれた縁。
これが神威。
認識した途端、
世界が改変した。
「これは……」
視界にあるのは数多の1と0。
その全てに意味が有ると知り俺は驚愕す。
恭介も同様の様だ。
茫然と周囲を見回している。
「視えるんか?」
「あ、ああ。
これが……」
「そう。世界の秘密、神威。
最小の世界構成単位にして万能の礎。
使いこなすのは無理でも、これを意識するだけでも全然違う」
苦笑しながら八咫が術式を発動する。
その瞬間、1と0が激しく流動。
俺はその術式がどこに発動するのかだけでなく、
それがどのようなもので、
更にどうれすれば対処できるかまでを瞬時に把握するのを理解した。
なん……だと?
こんなものを持ってたら未来視より確実な……
驚くより自然と動く身体。
俺達を背後から襲おうとした無数の茨を潜り抜け、
俺と恭介は八咫の喉元に手刀と剣先とを突きつけた。
「合格。
流石やな」
両手を上げ晴れ晴れとした表情で降参する八咫。
そこには自らが為すべき事を成し遂げた確証があった。
もしかして、八咫は最初から……
本心を読ませないその瞳が猫の様に細められる。
きっと追及しても上手くはぐらかすだろう。
意地っ張りで皮肉屋な、されどお人好し。
それが八咫という亜神の在り方だろうから。
(ならばせめて礼だけでも)
だが言葉を発するより早く、会場を揺らす鐘の轟音。
続いて響く歓声と怒号。
高らかに読み上げられる勝者宣言。
この瞬間、俺と恭介の同時勝利が成立となったのだった。