189章 余興に戦慄な勇者
長い戦いを切り抜け、闘技場に残ったのは俺と恭介だった。
激戦に次ぐ激戦。
俺達二人が残れたのは、運がいいというより同盟を結べたのが大きい。
四方八方から襲い来る敵を相手取っていたら流石の俺達でも疲弊する。
恭介が常に傍にいてくれたので半分の死角を補う事が出来たのだ。
これはバトルロワイアルに置いて大きなアドバンテージに繋がる。
恭介にとってもそれは同様らしい。
今も背中合わせになった状態だが、安堵する溜息が後方より聞こえた。
「大丈夫か、恭介?」
「ええ、何とか。
アルの方こそお変わりありませんか?」
「常時回復化が戦域に掛けられてるから外傷はないが……
肉体的にはともかく、心底疲れたよ。
精神的な疲労は避けられないしな」
「同感です」
苦笑しながら恭介が俺の脇に並び立つ。
これまでの戦いを思い返しながら、俺は高レベル取得者相手の戦闘を思い返す。
魔族との戦いを凌駕する鮮烈な戦いの数々。
しかし気分がいいのは確かだ。
命のやり取りを気にしなくていいというのもあるし、
純粋に自分の技量を試せたというのこともある。
こんな気分で戦う日がくるなんて以前は思いもしなかった。
「それで、やるのかい?」
「そうですね。決着はつけませんと。
辞退するとしたら、涼鈴様の婿取りが大変でしょうし」
恭介は肩を竦めると軽くバックステップ。
瞬時に構えを取り前傾となる。
俺も聖剣を担ぐように構え一撃に備える。
互いの手を知り尽くした恭介相手に小手先の業は通用しない。
ならば全力且つ最速を以て当たるのみ!
「いくぞ、恭介!」
「ええ、いつでもどうぞ!」
気勢の声を上げる俺達。
観客も最高峰に盛り上がってる。
俺達はその声に応じる様にただ互いを見詰め、己が技量をぶつけ合おうと……
「あっ、ちょっとタンマや」
した瞬間、間の抜けた声によって静止され思わずこける。
「な、何事ですか!?」
「いったい何なんです!?」
喰って掛かる俺と恭介にすまなそうに頭を掻いてるのは審判役の八咫である。
眼鏡を掛け色素が抜け落ちた様な白髪がその度に揺れ動く。
優男風の容姿なのにその細い眼が本心を隠すようで思惑が読めない。
「いや、君達の戦いを妨害する訳やない。
ただここでホンの余興や」
「余興?」
「そう、最後の数人になったらな、審判役のボクが乱入する手筈になってたんよ。
……ラスボスとして」
なっ!?
驚愕するより早く、
悪戯めいた八咫の手が開かれる。
直感だった。
瞬時に防御態勢を取る俺と恭介。
たちまち烈風が俺と恭介を薙ぎ払おうとしてくる。
足腰を踏ん張り耐える俺達。
その足元から今度は、
「足元がお留守やで?」
隆起した鋼の槍が突き出てくるのを強引に回避。
眼を見合わせた俺と恭介は一瞬でアイコンタクト。
事態の成り行きは不明だが、まずは八咫を止めない事には始めらない。
気と魔力の収斂を開始。
練られた反発力が身体機能を倍加。
恭介も奥の手である如来活殺を発動。
闘気が神気を帯び属性を纏い始める。
亜神とはいえ、八咫は神。
人である俺達とは位階差がある為、通常ならダメージを与えられない。
(だが、今の俺達なら!!)
確信と共に震脚、足元より気を解放し推進力と為す。
大地を滑るような間合いの詰め方をする恭介と呼応し連撃を叩き込む。
闘気を纏った聖剣の刃。
神気を纏った恭介の拳。
だがその全てが、
「ん……流石やな。
でも、まだまだ」
純粋な体捌きだけのみならず展開された防御術式によって、
捌かれ、
躱され、
逆にその場に叩きのめされる。
地面に身体を強打し息が詰まる俺達。
更に手土産とばかりに、刹那の攻防で回復が追い付かないほどのダメージを全身に及ぼしていた。
「基本的には」
地べたを這いつくばり、肩で息をする俺と恭介。
情けない事に膝が震えてる。
八咫の身体の芯を揺らす攻撃が心底効いている。
そんな俺達を小馬鹿にするのでもなく、あくまで当然の結果を観察したように告げるのは八咫である。
「亜神であるボクと、勇者であるキミ達の間に大きな戦力差はない。
人として限界まで鍛え上げたキミ達の戦闘力は抜きんでてるしな。
けど結果はこんな感じや。
それは何でだと思う?」
問い掛ける声はどこまでも冷静で。
一瞬の動向すら見逃さぬほど集中してる事が窺わせた。
しかし分からない。
俺は念法、恭介は神名の使用を禁じられたとはいえ、闘気や魔力に制限はない。
恭介は如来活殺を、俺に到っては気と魔力の収斂すら発動させた。
なのに結果はこれだ。
いったい俺達に何が欠けてるのだろうか?
俺達は押さえ切れない戦慄を抱きながら、必死に構えを取るのだった。