18章 闇夜に翔ける勇者
「素晴らしい味だった」
「いえいえ。お粗末様でした」
何事もなく帰宅した俺は出迎えてくれた恭介としばし雑談した後、楽しみだった夕食を頂いた。
今夜のメニューはすき焼き。
様々な具材が鍋の中で絶妙のハーモニーを奏で上げ、ささくれていた俺の味覚を至福にしてゆく。
美味なる余韻に浸りながら、
今は恭介と食後のお茶を共に飲んでいるところである。
「しかし武藤翁も綾奈も遅くないか?」
「組長は貴方と講談組の件もあり、対策に追われてる様ですから……
今夜は戻れないかもしれませんね。
綾奈嬢も交友を深めてる事でしょうから、もう少しそっとしておきましょう」
「ん。それならいいが」
「ああ、そういえばアル。
貴方が通う事になる学園の制服が届きましたよ。
よかったら着てみて下さい」
そう言って恭介は据え付けのクローゼットから青を基調とした制服を取り出す。
学章が飾られた胸元、動きやすくもスタイリッシュで洒落たデザイン。
いずれも琺輪世界には無いものだ。
「いいのか?」
「ええ。丈を合わせなくてはなりませんし。
自分の見立てでは大丈夫だと思いますが」
「じゃあ遠慮なく」
薄汚れたインバネスと鎖帷子、シャツを脱ぎ捨て制服を着込む。
袖を通し、ネクタイに悪戦苦闘しながら恭介に手伝ってもらい何とか完了。
恭介に促された俺は鏡の前で立ってみる。
「どうかな?」
「よくお似合いですよ。
丈の方もぴったりですね」
恭介の言う通り、鏡の中には見知らぬ俺がいた。
異世界の制服をきっちり着こなし、少し不安そうに見つめ返すそいつ。
黒髪に紫の瞳、美形ではないが精悍だとよく言われるその顔。
俺は見慣れて一番知ってるはずのそいつが、どこか他人の様に感じた。
「剣の方も今度は竹刀袋に入れて置いて下さい。
学生ならこっちの方が自然です」
恭介の忠告を受け、分離していた柄と鞘とを連結し、指示された袋に仕舞う。
「これでよし、と。
何か不具合はありますか?」
「いや、完全にフィットしてる。
ありがとう、恭介」
「それは重畳。
明日から通学になるので、綾奈嬢をよろしくお願いします」
「ああ、お安い御用だ。
しかしその本人だが、幾ら何でも遅過ぎないか?」
何だかんだで、時刻は21時を過ぎようとしていた。
「そうですね、今電話で確認を……」
と恭介が告げた瞬間、
テーブルの上に置きっぱなしだった恭介の携帯が鳴り響く。
「失礼」
電話に出る恭介。
「え?
本当ですか、それは!?」
何やら声を荒げている。
誰何をする暇もなく、俺の借り受けた携帯も鳴り響いた。
表示される番号は見知らぬもの。
取り敢えず出てみる。
「はい、もしもし」
「アルティア・ノルンだな?」
「そうだが……あんたは誰だ?」
「綾奈の身柄は預かった。
昼間ウチの若いのが世話になったビルに、一人で来い」
「おい、綾奈は無事なんだろうな!?」
「お前の心掛け次第だ」
そう言い放ち切れる電話。
俺は画面を見ながら嘆息する。
「アル、大変です!
綾奈嬢の護衛に付いてた者達が襲撃されて!」
「大丈夫。今その続きを聞いた」
勢い込む恭介を片手で制し、俺は装備各種を身に着ける。
「どうやら例の奴等らしい。
ご丁寧に俺一人を指名とのことだ。
今、取り戻してくる」
「しかしそれでは貴方が!!」
「一宿一飯の恩義があるし、気にするな。
それに……」
俺は拳を固く握る。
「女子供を人質に取る様な輩には、然るべき報いを受けてもらう」
俺の苛烈な眼差しを見て取ったのか、恭介が頭を下げる。
「すみません、余所者の貴方にそこまで」
「ホント気にするなよ。
美味い飯と気のいい人達、俺が戦うには充分な理由さ。
さて……じゃあ行ってくる。
綾奈用に熱い風呂の準備をよろしく」
「御武運を。
組長には自分から連絡しておきます」
「ああ」
頭を下げる恭介に返答し、ブーツを履き込む時間すら惜しんで駆け出す。
法印を刻み、俺は高速飛翔呪文を唱える。
魔術の維持に全神経を費やさねばならない為、戦闘向きではないが(昼間はそれ故使用しなかった)今は何より寸暇の時間すら惜しい。
「光翼飛翔<リアクターウイング>」
背中から魔術によって生えた光の翼。
軽い羽ばたきと共に、それは俺に凄まじい推進力を与える。
空を掴み高速飛行する、闇夜に舞う一対の翼。
俺は急加速する視界の中、綾奈の無事を願うのだった。