186章 戦域に憂鬱な勇者
「基本的には」
地べたを這いつくばり、肩で息をする俺と恭介。
そんな俺達を小馬鹿にするのでもなく、あくまで当然の結果を観察したように告げるのは八咫である。
「亜神であるボクと、勇者であるキミ達の間に大きな戦力差はない。
人として限界まで鍛え上げたキミ達の戦闘力は抜きんでてるしな。
けど結果はこんな感じや。
それは何でだと思う?」
問い掛ける声はどこまでも冷静で。
一瞬の動向すら見逃さぬほど集中してる事が窺わせた。
しかし分からない。
俺は念法、恭介は神名の使用を禁じられたとはいえ、闘気や魔力に制限はない。
恭介は如来活殺を、俺に到っては気と魔力の収斂すら発動させた。
なのに結果はこれだ。
全力で繰り出す攻勢をいとも容易く捌くだけでなく、適宜に反撃すら返す。
この場で一番の戦闘力を持つのは間違いなく竜桔公主であろう事は断言できる。
だがその竜桔公主をして戦上手と言わしめたのは八咫なのだ。
眼鏡を掛けた優男風の外見を侮り、会場に集った多くの者達が地に伏してるのが現状である。
俺は八咫の問いに思案しながら、こうなった経緯に思いを馳せた。
切っ掛けは誰が言いだしたか酒宴の余興、腕試しだった(特に楓とか)。
やはりカムナガラ中の腕自慢達が集う以上、互いの事が気になるのだろう。
かくいう俺もそのクチだったが、そこはそれ。
誘われても神輿である事を理由に断りを入れてきた。
酒が入ってる事もあるし、この祝いの席で万が一の事があれば宴に水を差してしまう。
少しは大人になったのである。
ミーヌも成長したね、うんうん。
とばかりに頷いてるし。
されどそこで悪乗りしてくるのが神々である。
イベント好きな竜桔公主の鬨の声に応じ、岐神が空間を歪める結界で会場設営。
名も知れぬ土着神達が面白半分に土壁招来や石壁作成などを用いた結果……
そこには闘技場が出来ていた。
開いた口が塞がらない俺達。
しかし酔いがどのように作用したのか、テンションが高いものから次々と闘技場に飛び込む。
俺と恭介は頑なに固辞したのだが、空気を読めと急かすヴァリレウス達の手により放り込まれた。
参加者が50人を超えた辺りからもう何が何だか分からない。
ただ辛うじてバトルロワイアル戦を執り行う事を納得させた。
一応怪我をしないよう、常時回復法術を闘技場全体に掛け続けてくれるらしい。
ありがたいんだが、相手の意識を刈り取るまで戦わなくてはならないのが面倒でもある。
回復法術で怪我を治せても昏倒を賦活するには覚醒魔術が必要だからだ。
その他の注意事項として、
岐神が最低限の緩衝結界で各自を守るとはいえ命を奪う行為の厳禁。
後は各自の切り札を押さえられた。
確かに俺や恭介が全力で戦えば一方的な戦いになる。
更に参加者の中には、恐ろしい程の力を秘めた者すらいる。
決戦前に怪我や死人を出すのは愚行以外の何ものでもない。
依ってそんな意味合いを封じる為にも最低限のルールは必要なのだろう。
俄然沸き立つ参加者。
噂の勇者達の実力をこの眼で確かめると息巻いているのが聞こえる。
何という暴力が支配するバイオレンス空間か。
しかもトドメとばかりに、
「優勝者には涼鈴の婚約者として厚く遇しよう。
者共、己が業を思う存分振るうがいい!!」
と、火に油を注ぎ込むどころか爆薬を放り込む竜桔公主。
ホント、マジで勘弁してください。
ほら、本人が一番驚いてるじゃないですか。
そりゃまあ、ちらっと聴こえる「漲る筋力。交わる汗と溜息。ぶつかり合う肉体……素敵」と愉悦に溶け込む声は無視してますけど。
これはまあ俺が勝ち残って辞退してやるのが一番かな。
思わず溜息を洩らす。
ふと隣りを見れば苦笑してる恭介の顔が見える。
どうやら俺と同じ結論に至ったようだ。
この件に関しては何よりも得難い同盟者を得たようである。
俺と恭介は無言で握手を交わす。
何故か視界の隅、盛大に鼻血を吹いて倒れ込む涼鈴の姿が見えたが気にしない。
心配そうに見守るミーヌとコノハ姫に俺達が互いに手を振ったところで、
「じゃあボクが何やら審判役を仰せつかったので失礼します。
ほな……はじめ!!」
審判役に任ぜられた八咫の鋭い開始合図。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「やってるぜ!!!!」
「我等が誇りをとくと見よおおおおお!!」
怒号の様な声が轟き、あちからこちらで激戦が繰り広げられる。
まあ皆正規の訓練を受けた者が多いので背後からの不意打ち等はなくお行儀のいい乱戦(?)であるが。
のんびり語る俺の前にも既に数人の参加者が殺到してきた。
面倒になった事を内心愚痴りつつも、俺は体内でチャクラを呼び起こし気を練り始める。
溢れる気に意志の力を纏わせ闘気と為す。
ここまではノルファリア練法の基本。
今の俺は更に光の魔力との融合・収斂を開始していく。
横目で恭介を窺えば、同じ様に闘気を纏わせていた。
やはり怪我をさせないように対処するにはそうなるよな。
うむ。恭介と同じ方針みたいだ。
満ちた闘気に火種となった魔力が注がれ点火。
前衛職究極技法<気と魔力の収斂>ことアゾートの発動。
跳ね上がる身体機能。
冴え渡る意識。
よし、準備完了。
倍率は常時発動し続けても疲弊しない値、3倍くらいで固定。
魔術による高速思考・反射術式をも発動しながら、
俺はヴァリレウスが宝珠に居ない為、ただ斬れ味が抜群に良過ぎる魔力剣となってる聖剣を構えるのだった。