184章 万感に叫びし勇者
「静聴せよ!」
竜桔公主が扇を閉じ一括。
鈴の音の様に澄んだ声に秘められた、恐ろしいまでの威圧。
神々すら恫喝する程の気が込められたそれは、会場を押し寄せる波の様に伝播。
主賓席を見上げ思い思いに騒ぎ立てていた者達を瞬時に居直らせた。
瞳に確固たる意志を宿し見詰め返す者達。
軍隊というより御神体を奉じる信者の様だ。
さすがは竜桔公主。
人を、他者を従わせる術を心得ている。
その結果に満足いったのか、
自分の役目はこれで終えたとばかりに一歩身を引く竜桔公主。
代わりに前へ出るのは肩越しの目配せを受けたコノハ姫。
注目される緊張など何処吹く風とばかりに、その手を上げる。
そこで俺は気が付いた。
差し上げられたコノハ姫の嫋やかな繊手。
その指先が、微妙に震えてる事に。
俺は勘違いしていた。
緊張しない訳ではないし、
怖く無い訳がないのだ。
自らの言葉で王国の、人々の命を左右する事が。
カムナガラ最大の王国を継ぐ王女とはいえ、
その身はまだ20の淑女である。
国を担う者としては幼いといっても過言ではない。
こうしてる間にも伸し掛かる重圧と責任は半端なものではないだろう。
しかし彼女は逃げなかった。
自らの責務を果たす事を。
為政者とは効率よく国を運営する為の歯車だ。
時に非情に。
時に冷酷に。
嫌われる事すら厭わず命を下さねばならない。
どんな理不尽さも誰かを失う事すらも。
全て、自らの責任において。
臣下は意見や助言をするものの、精神的には安楽なのだ。
潰れそうな重責から身を躱せる位置にいるのだから。
けど本物の為政者に逃げ場はない。
そしてさらに、基本王族には自由すらない。
生まれた時から定められた軌跡。
だが、だからこそ輝くその真価。
積み上げられ受け継がれてきた統治者としての血統。
その血筋に秘められた重みが、
人々を、人の魂を従わせる。
竜桔公主が剛なら、
コノハ姫は柔なのだろう。
覚悟を宿した剛柔に会場が一挙に纏め上げられる。
やがて熱い渦潮が収まるのを見計らって、コノハ姫は口を開いた。
千年王国王女コノハ・イシュタル・ゼンダインとしての宣言を伝える為。
「この場に集いし者達よ!
まずは感謝致します。
王国の……カムナガラの窮地に、よくぞ立ち上がってくれました」
美しい立ち振る舞いと共に、コノハがゆっくり頭を下げる。
会場に奔るざわめき。
ホストであり名代とはいえ、国のトップが頭を下げる。
それはこの場に集いし者達にとって最大限の礼といえた。
誰が言いだした訳ではないが、各々が片膝を着き礼を返す。
コノハもそれを見やり、再度深々と礼を返した。
「わたくしは皆に傅かれる程、立派な者ではありません。
この中には中立国や流浪の民の方々。
さらには各地域の守護者や土着の神々も御座す事でしょう。
けど敢えてわたくしは言わせて頂きます。
……共に、戦いましょう!
今、この世界カムナガラに未曾有の危機がおとずれています。
終末の軍団と僭称する邪神の手先。
わたくし達は苦い敗北を重ねてきました。
けど、世界は見捨てなかった。
彼の者達に呼応するように現れ対峙し始めた者達により、遂に反旗を翻す事に到ったのです。
心に神の威を担う者達……
そう、神名担の勇者達の手によって!」
高らかに告げられた言葉。
万雷の拍手に押し出される様に一歩を踏み出す俺と恭介。
共に茫然と互いを見合うが、瞬時に互いの意を汲み取り合う。
ここはやるしかあるまい。
いささか演出過剰だと思わしきコノハ姫の前振りに乗り、
まず恭介が口火を開く。
「コノハ姫に御紹介いただいた神名担が一人、キョウスケといいます。
まずはここに集いし方々全てに、心からの感謝を。
こうして相見える事を嬉しく思います」
静かに語り始めた恭介。
数々の戦場に響き渡った獅子奮迅たる恭介の功名。
その名を直接知らずとも、噂には聞いていたのか。
皆、真摯な眼差しで恭介を見詰め始める。
「自分達は……そんな大層な人間ではありません。
脅威に脅え、敵に恐怖する。
どこにでもいる、ありきたりな人間の一人に過ぎません。
でも……ただ一つだけ違うのなら……
それはこの胸に宿す想い。
譲れない願い故に戦うことが出来るのです」
恭介が俺に頷き、続きを促す。
了承した俺も頷き口を開く。
言いたい言葉は簡単に出た。
恭介の言いたいことくらい阿吽の呼吸で分かる。
同じ戦場を潜り抜け、共に生死を分かち合った仲なのだから。
「俺達が戦う理由、それは……
何処かの誰かの笑顔の為に。
当たり前の、誰しもが信じる明日を守る為だ。
地に希望を 天に夢を取り戻そう。
どうか未熟な俺達に力を貸してほしい。
人類の、いや世界の未来の為に!」
「「「をををおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
万感の祈りを込めた魂の叫び。
応じるは雷鳴のごとき肯定の喚声だった。