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182章 華麗に装いし勇者

「なあ、恭介……

 どこかおかしいとこはないか?」

「フフ……どうしたんです、アル。

 普段は泰然自若な貴方がそんな風に動じてるなんて」

「いや、だってそれは勇者として気構えてるからで……

 こんな礼服を着て皆の前に出るのはまた別問題だろ?」


 忙しなく丈や肩幅などを調節してくれる宮中の縫い師達。

 瞬く間に全てを仕立てていく。

 その様はまるで魔術の様。

 静止を強要された俺は軽く背筋を伸ばす。

 鏡に映ってる見知らぬ男も同様に動く。

 櫛を入れ整えられた髪。

 着慣れない礼服。

 首元を締めるネクタイが鬱陶しそうな顔。

 不機嫌そうにこちらを見詰めるのは……

 俺だった。

 今現在、本城の宮廷で行われてる歓迎の宴。

 ヴァリレウスの誘いやコノハ姫の奮起もあり、

 此度の戦に参加すべく続々と有力者が集結してるという。

 昨夜とは人々の格や数が圧倒的に違うそれに、

 竜桔公主の招きもあり俺とミーヌも急遽参加させられる事になった。

 普段の服装で行こうとした俺だが、流石に止められた。

 最低限フォーマルな服装をしてほしい、と。

 もっともな意見である。

 頷き納得した俺だが、困った事に気付いた。

 手持ちのセットに礼服はなかったのだ。

 困惑した俺を見兼ねたのか、恭介を呼びに行くメイド。

 駆け付けた恭介の助言をもらい、何とか宮中用の礼服を貸し出してもらっているとこである。

 ミーヌはミーヌで最高のドレスを見立てさせていただきます、

 と言い張るメイド達に攫われてしまった。

 竜桔公主も言葉を掛けるだけ掛けると、さっさと宴に戻って行ってしまったので、こうして四苦八苦しながら礼服を着こなしてる次第である。


「しかし……幾戦の戦場を抜けてきた俺だけど、この戦いは慣れないな」

「ハハ……確かにそうですね。

 同感ですよ。

 自分達前衛職には退屈で窮屈な戦域でしょう。

 でもね、アル」

「ん?」

「これは儀式なんです」

「儀式?」

「そう、自分を鼓舞し生き延びさせるための。

 誰もが皆、貴方の様に強い訳じゃない。

 ならばこそ華やかな宴を催し意識を奮い立たせます。

 生きて、また次の宴に参加する為に」

「なるほどな……宴にそんな意味が……」

「というのは将軍や兵士達の妄言で、

 大概は酒が呑みたい~

 騒ぎたい~の衝動を満たす為でしょうがね」

「一瞬信じて感動したのに……」

「身も蓋もなくはっきり言えば、税金の無駄です」

「夢も希望もないな……」

「まあ、だからこそ気楽に参加してください。

 通常はありのままの自分を見せるだけで充分な筈です。

 宮廷燕達の思惑に乗せらない様、若干気をつけなければなりませんが」

「だな。あ、そういえば恭介」

「何です?」

「悪いな、呼び出したりして。

 せっかく盛り上がってただろうに」

「いえ、寧ろ助かりましたよ」

「助かる?」

「ええ、どの有力者も恩義を売りたいのか欲望にギラギラした瞳で迫ってくるんですから。

 無碍に断るのも失礼ですから大変でした。

 特に困るのが婚約の薦めですね。

 自分の娘を何だと思ってるんでしょう」

「ハハ……大変だな」


 先程までの竜桔公主を思い出し、乾いた笑いを浮かべる。

 どこも親の考える事は一緒らしい。


「アルの呼び出しが無ければ自分から抜け出してきたくらいです」

「何だか面倒くさそうなとこだな(はあ)」

「アルも付き合う義務があるんですよ。

 あんな要人達の前で活躍するんですから」

「う~だって仕方ないだろ。

 ああでもしなきゃ全滅した可能性もあるし」

「行動を否定はしませんが……

 ただ貴方は、通常を明らかに超越した力を持つ存在だということを忘れずに。

 もう少しご自愛して下さいね?」

「了解です、恭介殿」

「宜しい(うむ)。

 ……と、どうやらミーヌさんも準備が出来たようですよ。

 どうぞ~こっちは準備出来てます」


 控えめなノックの音に恭介が答える。

 メイド達によって静々と開けられる扉。

 そこにいたのは、


「綺麗だ……」


 思わず阿呆みたいに呟く俺。

 大輪の花が咲いた様に華やかに咲き誇るミーヌの姿がそこにはあった。

 流れる金色の髪を結い上げアップにし装飾具で飾り、

 淡い闇色のドレスを艶やかに着こなすだけでなく色香も内包し、

 挑発的でありながら清楚さを湛えたメイクでその容貌を飾る。

 誰もが振り返る絶対の美。

 昨夜と違い内から滲み出る華やかさがある。

 ヴァリレウスや竜桔公主の美しさを例えるならそれは太陽。

 向日葵の様に朗らかで陽の気を発している。

 反対にミーヌや涼鈴は例えるなら月。

 月光花のように儚い陰の気を発している。

 しかしそれが故に人は惹きつけられてしまう。

 まるで破滅を承知で火に誘われる蝶のように。


「アル……どうかな?」


 そんなミーヌが恥じらいを浮かべ聞いてくる。

 ああ、可愛いな~もう。


「すごく似合ってるよ。

 何て言うか……女神みたいだ。

 ずっと見てたいくらい」

「もう……恥ずかしいからあまり見ないで」

「いや、しかし」

「ふふ……アルも良く似合ってるよ」

「そうか?」

「うん。普段のアルも素敵だけど、フォーマルな服装も似合うね。

 恭介が見立てを手伝ってくれたんでしょう? ありがとう」

「いえいえ。自分は何も。

 ゼンダインの縫い子さんが優秀なだけですよ。

 さて……主賓の準備も整ったところですし……

 いよいよ行きますか。

 混沌と無秩序に溢れた魔の巣窟へと」


 苦笑をたたえながら告げる恭介に、

 俺とミーヌは真剣な趣きで応じるのだった。




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