173章 流麗に現れし剣神
美しくも壮絶な火花が宙に舞う。
一見すると緩やかともいえる手業の応酬。
しかし熟達の域に達した前衛系なら分かる。
あの刹那の間に、凄まじい読み合いが含まれている事を。
数万から数十万手の先読みをし、最善を以って打ち込む。
演舞とも称されそうな鮮やかさとは裏腹に、そこには恐ろしい程の苛烈な意義が閃く。
即ち『相手の命を刈り取る』という、ただシンプルな意志。
高度な戦闘技法と特性の鎬合い。
俺は援護をする事すら忘れ、思わず魅入ってしまった。
(……者よ)
「え?」
(……神名担の勇者達よ)
そんな中、突如として脳裏に響き渡る念話。
当惑する俺と恭介。
だがこの冷たく荘厳な響きは間違いない。
今、目の前で激戦を繰り広げている竜桔公主その人に他ならない。
俺達は疑問に思いつつも交信回路を接続。
激しく脈動する竜桔公主の背を見ながら念話に応じる。
(どうされたんです?)
(逃げよ、勇者達よ)
(え!?)
(それはどういう……)
(妾の見立てが甘かった。
こやつ、手に負える輩ではない)
(そんな! 今現在だって拮抗した戦いをされてるじゃ)
(これはこやつの戯れに過ぎぬ。
実際相対してみて分かったのじゃが……こやつ、分霊じゃ)
(分霊?)
(ああ。高度な霊的生命体は自らの特性に霊性を持たせ分離できる。
こやつは確かにアマノサクガミであろう。
だがその人間の身体に潜むのは、おそらく別の禍津神としての化身じゃ。
その力は本体の十分の一程度)
(十分の一!?
これでですか!?)
悲鳴を押し殺す恭介。
その気持ちは分かる。
比喩なしにカムナガラ最強クラスの者達が集っていたのだ。
そんな者達を簡単に倒しうる存在。
まさに悪夢の具現に他ならない。
(そうじゃ。奴は戯れにこの戦闘を繰り広げているが……
妾では互角に持ち込むのが精一杯。
こやつを倒すことは出来るだろうが、本質的な意味では斃せぬ。
故に勝利することは叶わぬのじゃ。
娘の結界も長くは持たぬ。
周りの者達も引き連れ、撤退することを考慮すべきじゃろう)
悔しげな竜桔公主の念色。
プライドの高い彼女がここまで吐露するからには余程の事態なのだろう。
(どのくらいなら持つ?)
(戦うだけならまだいける。
じゃが奴が本気を……)
「さて竜の姫よ。
何かごちゃごちゃやってるようだが、いささか我も飽いてきた」
突如として手を止めた天邪鬼が肩を竦め距離を取る。
「このふざけた空間も気に障る。
少し掃除をしたいが構わないかね?」
「貴様……まさか」
「ああ。お前も気付いての通り、我は本体ではない。
だが分霊としての特性を持たされた化身だ。
それを解放しよう」
「待て! こんな中でそれをしたら」
「安心しろ、お前以外は除外しておいてやる。
最初だけはな」
嘲る様に嗤った天邪鬼が腕を組む。
長い息吹と共に燐光が口元に集い抜け出てゆく。
次の瞬間、煌めく閃光と爆発が俺達を吹き飛ばす。
「きゃう!」
「ぐはっ!」
「くっ!」
転々とする視界。
指先に触れた地面に爪を立て、強引に転がる姿勢を固定制御。
周囲を確認。
遠くに俯せになって動かない涼鈴と抜け殻のように脱力したサガラの身体。
傍らには片膝をつき苦悶を堪える恭介。
煩わしげに爆風を払う竜桔公主。
固有結界が形成されてる世界が罅割れていく。
術者である涼鈴が気絶した為、世界法則が再構築されていくのだ。
マズイ。
このまま現実空間に回帰したら皆を巻き込んでしまう。
焦る俺と恭介。
そんな俺達をせせら笑うのは、立ち上った煙の中に人のような顔の形で浮かび上がるもの。
これが化身としての奴の正体。
アレはまさか、
「煙羅煙羅……ですか」
「ほう……我を知るか。
博識だな、勇者よ」
唇を噛み締めながら恭介は吐き捨てる。
その恭介を小馬鹿にするようにおだてながら、
天邪鬼の分霊、煙羅煙羅は言った。
そう、奴の正体は煙の化身たる煙羅煙羅。
またの名を閻羅閻羅。
火を根源とする属性を持ち煙状態の禍々しい気で出来た身体を持つ。
陰摩羅鬼と似ているがアレはヤツの完全上位互換。
たまたま似たような眷属がいないかミーヌに尋ねた時、眷属一覧ファイルから概要を聞いたのだ。
その情報が本当なら今の俺達に打つ手はない。
何故ならあの煙状の身体は打突斬系の技法全てを無効化するという。
頼りになるのは術者による退魔殲滅術式のみ。
しかし今現在奴を斃しうる術者はいない。
皆、奴の先制攻撃で昏倒してしまっている。
これが奴の狙いだったのか?
「だが知ったところでどうにも出来ぬな。
そこで全滅する様を見届けるがいい」
嘲る煙羅煙羅。
だが奴の誤算は、
「がっ! なん……だと?」
自らを背後から貫く黒と白の双刃。
そう、退魔の宝剣たる干将・莫耶ならその本質を切り裂ける。
しかし真に恐るべきはそこではない。
固有結界を切り裂き侵入し、瞬時に状況を把握。
涼鈴の手から離れた双剣を手に斬りかかるという澱みなき判断力。
「誰だ……我に傷を与える愚か者は……」
ゆっくりと振り返る煙羅煙羅。
そこにいたのは、
「馬鹿な……何故お前がここにいる!?
我が眷属が足止めをしてる筈」
「足止め? あの程度で?」
絹ずれと共に法衣が舞う。
共に宙に踊る髪が弧を浮かべその女性をより輝かせる。
妖しげな笑みをたたえた口元が蠱惑的に煌めく。
「本気で妾を止めたくば、あの五倍は用意すべきじゃったな」
言葉と共に放たれた斬撃が軌跡を描き、煙羅煙羅を細かく切り刻む。
無論これだけで斃せるほどヌルい相手ではない。
だが拡散した身体がある程度集まるまで、一時的に行動不能に陥らせることは可能だ。
女性は神気を纏った斬風を叩き込むと俺の傍に降り立つ。
そして「どうじゃ? すごいじゃろ?」とドヤ顔で笑う。
俺も苦笑を浮かべ応じる。
「また随分と美味しいとこを持っていくんだな」
「当然じゃろ。
貴重な妾の活躍場面じゃぞ。
ここで目立たなくて、いつ目立つのじゃ」
「交渉は上手くいったんだな」
「勿論じゃ。
この会議に集まり者達だけでなく、諸族・土着神、皆参戦の意を証してくれた」
「はあ……凄過ぎて言葉がでない。
まったく大した交渉人だよ、貴女は」
「ふふ……勇者の相方としてはこの程度はこなせないとのう。
……出番の為にも」
光る双刃が際立たせるその端正な容姿。
剣の姫と謳われるのも、むべなるかな。
勇者たる俺の相棒にして伝説の聖剣。
人間たる俺の相方にして神々の一柱。
それは神々が魂を宿したという神担武具の一つ、聖剣シィルウィンゼアの本体。
すなわち剣皇姫ヴァリレウスその人に他ならなかった。
四十神さん、お待たせしました。
ついにヴァリレウスのDEBANです(笑)