170章 追求に嗤いし商人
「随分と剣呑な対応ですな。
これが王都流の客人の持て成し方なら……
私も付き合いを考えなくてはいけません」
危機的状況を愉しむようなサガラの声。
場違いともいえる程の穏やかなその口調に、俺と恭介の警戒レベルは急上昇。
こいつはヤバイ。
直感が警鐘をかき鳴らす。
俺達の信じる戦闘技術を凌駕する絶対の何か。
隠蔽する事を止め始めた今、緩やかに紐解かれる不穏なる気配。
かつてない程の危機意識に反応して、身体が臨戦態勢に移行。
押さえ切れない闘志が自動的に気と魔力の収斂を開始。
洸現刃の術式を自動的に発動し始め、淡い燐光を纏う聖剣を構え直す。
隣りに並び立つ恭介も似た様な有様だ。
神名を多重発動し、瞬時に動ける様に神経を研ぎ澄ませている。
「おやおや……神名担の勇者達は私に対して恨みでもあるのですかな?」
「恨みなどないさ」
「ではこの対応はいったいどのような意味が?」
「アンタが一番よく分かってる筈じゃないのか?」
「ほほう。身に覚えがありませんが」
「今回の反乱、首謀者は確かにタジマだろう。
だが……全ての糸を引く黒幕はアンタじゃないのか、サガラ」
「はて。何を以ってそう断ずるのか……私には理解出来ませんな」
「じゃあ解説してやる。
まず第一、タジマが内通者である事に最早弁解の余地はない。
同意できるか?」
「当然ですな。身の丈を超える野望は身を滅ぼすもの。
商人も貴族もその根底は一緒。
その報いを受けるのも当然でしょう」
「同感だな。
けど、ここで不可解な事がある」
「なんでしょう?」
「奴等が銃器を所持してたということだ」
「終末の軍団とやらと手を組んでたんでしょう?
それなら別におかしくはない筈。
裏切る見返りに銃器を融通してもらったのでは?」
「ああ、事実その通りだろう。
以前から作戦行動などが漏洩してたのは確かだし、
タジマの背信行為はゆるぎない。
けどな、それだけじゃ説明できないんだ」
「何がです?」
「銃器の存在が、だ。
俺達はとある手段により銃器の存在を確認できる。
それによれば、今朝の段階でこの王都に銃器は存在しなかった。
先程、何者かの手によって持ち込まれるまで」
「おや……私を疑ってらっしゃる?
それなら容疑者は他にもいらっしゃるのでは?」
「確かにな。
じゃあ第二、昨日の大侵攻について」
「あれは……大変な事態でしたな。
王都が壊滅してもおかしくはなかった」
「そうだな。恭介の参戦がなかったら、正直危なかっただろう」
「私達シーガマも救っていただいた訳ですし。
流石は救国の英雄と賛辞しておきましょう」
「いや、それには及ばない。
本心でない感謝など無礼極まる」
「ひどい言葉だ。何をもって心が無いと?」
「何故なら勇者達を遠方に足止めするのがアンタの役目だったからだ」
「ほう……といいますと?」
「虚偽ではないにしろ、シーガマ襲撃は予定されたものだった。
王都の主戦力を一挙に引き付け、弱体化した軍が守備する王都へ侵攻する為の」
「勘ぐり過ぎではないですか?
私達も被害にあってるのですぞ」
「半壊した王都に比べれば微々たるものだろ?
外壁が崩れ内壁に罅が入った程度と聞いた。
援軍に駆け付けた恭介達の活躍を差し引いてもその差は不自然すぎる。
そこに何らかの盟約があったのではないか」
「言い掛かりに近いですな。
何を根拠にそんな」
「じゃあ決定的な証拠だ。
第三に……アンタ、邪神の名をどこで聞いた?」
「は? 有名ではないですか。
一月ほど前に最北に降臨した邪神のことは」
「ああ。有名だな」
「私ほどの責任ある立場になりますと自然と耳に」
「アンタは知らないかもしれないが」
「は?」
「邪神はな……自らを『這い寄りし千貌』と称してるそうだ。
名前を名乗ったことなど一度もない」
「いや、それは……」
「さっきアンタは言ったよな?
『北に降臨した邪神、ヘルエヌの手によって生み出されたものらしい』と。
何故名乗りもしないヘルエヌの事を知っている?
何故ヘルエヌを敬わない?」
「……」
「最初はヘルエヌの端末か信奉者かと疑った」
「…………」
「だが全ての出来事は昨日からだ。
まるで何かの舞台劇の様に全てが操られている」
「………………」
「岐神から聞いていた。
そいつは遍くほど強大な力を持ちながら表舞台には出てこない。
策謀し、陰で采配し嘲笑する久遠の闇を孕みし存在だと。
名も憚られるそいつは」
「くくく……もういいぞ、勇者よ」
俺の弾劾と追及に、サガラが堪え切れない衝動を湛え嘲笑する。
推測が的中した事に手中だけに留まらず全身に悪寒と冷汗が奔る。
「では……やはり!」
「汝の指摘通りだ。
我こそ旧支配者の総意にして外なる神々(アウターズゴッド)の使者。
禍津神の首魁にして始原の渦巻く混沌。
即ち、天邪鬼アマノサクガミなり」
名乗りと共に放たれる圧倒的な神気。
否、禍々しき波動。
正体を現した天邪鬼を前に、俺は今まで戦闘では感じ得なかった絶望と敗北の足音を聞いたような気がした。