16章 携帯に慌てる勇者
勇者に限らず戦闘職にある者は、戦時ならともかく平時に置いては穏やかな浪費家で激しい無駄飯喰らいでしかないと思う。
武藤翁家へ帰宅する道中、俺はつい買い込んでしまった品々を見て嘆息した。
紙袋一杯に押し込まれた様々な品々。
無論、中にはこの街周辺の地図や非常食、魔術の触媒となりうる物など有意義なものもある。
だが半分以上は浮き立つ心のまま衝動買いしてしまった物が多い。
一応弁解させてもらえるなら、朝から続いていた監視の目がなくなったという解放感もある。
異世界で見知らぬモノに監視される行為は精神的負担が半端ないから……
というのは言い訳か。
認めよう。
この世界の品揃えは素晴らしかった。
否、素晴らし過ぎた。
服にしろ小道具にしろ本にしろ、貴族御用達の店より品揃えが多く、その内容も多彩に富んでいる。
本当にどこから生み出されてくるのだろう?
そして素朴な疑問が浮かぶ。
誰が何の目的でこれらを流通させているのだろう?
図書館という書籍が集まる所で調べてきた事を回想する。
俺のいた世界では王制が標準だったが、この世界は共和国というか民主主義……
民衆が投票権という力を持ち、自らの代表を選出し政治を代行するという形式らしい。
王が名君なら国は栄えるが、暗愚なら乱れる。
しかしこの形式なら民衆の総意が国を動かす事になる。
日和見的な民衆の意見なら、良くも悪くもバランスを保った政治が行われるだろうからだ。
見事な論理と構造だが、それは正常に機能すればの話。
どうしても権力をもった役人というか政治関係者は腐敗しやすいものだ。
俺は旅先で木端役人によって遭った出来事を思い出し顔を顰めた。
関所や町中での賄賂要求。
権力者と司法機関の癒着。
数え上げればキリがなく、人の欲望の尽きる事はない。
さらに勇者として名声を馳せれば馳せる程、政治的思惑とやらに利用される事が多かった。
王は権力を持つが故に孤独だが、官僚は従順なるが故に連帯し腐敗する。
この国の政治家達は果たしてどうなのだろうか?
夕暮れ時の高台から街を見下ろしながらそんな事を想い抱いていた時、突如として借り受けた携帯が鳴り響く。
慌てて使用方法を思い出し、俺は通話を始めるべく携帯に出た。
「は、はい! アルティア・ノルンです」
「あれ? アル君? どうして!?」
驚いたような綾奈の声。
どうやら恭介宛てに電話するつもりだったのだろう。
「恭介から携帯を借りてるんだよ」
「あ、そうだったんだ。びっくりした~」
「それよりどうした?
……まさか襲撃されたか?」
先程の奴等が思い浮かぶ。
俺だけじゃなく、まさか綾奈にも?
「あ。ううん。組の若い人が交代で護衛に付いてくれてるから大丈夫。
実は友達にカラオケに誘われちゃって……
少し遅くなるって伝えてくれる?」
「それは構わないが……昨日の今日だ。気を付けろよ?」
「うん、付き合いがあってどうしても断れないの。
でもありがとう、心配してくれて。
じゃあ、よろしくね」
そう告げ携帯は切れた。
慣れない作業に溜息をつきながら、
俺は恭介に伝言すべく携帯を再度弄るのだった。