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164章 初端に掴みし天神

「西方地域ヤガタの守護者、八咫様。

 並びにテンドー農連長ミズハ様、御来場です!!」


 竜桔公主に萎縮し、静謐が満ちる広間に歩哨の呼び出し声が響く。

 会議の場にいた者達は我に返ったように慌てて直立し、入口を仰ぎ見る。

 が、誰も来ない。

 歩哨も当惑するげに様子を窺っている。

 やがてざわめきが騒ぎになろうかとする時、それは起こった。


「な、何事だ!?」

「これはいったい!?」


 次々と照明が消えていき、広間に闇の帳が落ちる。

 おそらく術を使っているのだろうが、信じられらないくらい緻密な術式だった。

 蝋燭は吹き消し、魔導具による照明はスイッチのみを切る。

 カーテンがある窓はカーテンを閉め、何もないところには隠蔽術式。

 これらを同時に並列発動しているのだ。

 魔力容量もさることながら、高度で緻密な魔導技術を所持していなくてはこうはいかない。


「終末の軍勢の仕業か?

 しかし術式だと!?」


 そのことが分かる者達は驚愕する。

 今までは驚異的な威力を持つとはいえ、銃器による単純物理の攻勢だったからかろうじて捌けてきた。

 これに高度な術式戦まで導入されたなら人族に勝ち目はない。

 推測に思わず戦慄する。

 焦燥に駆られる人々を余所に、甲高い謎の含み笑いが広場にコダマする。

 その瞬間、誰よりも迅速にコノハの傍で警護を固めた恭介と楓はこめかみを押さえた。

 こんなアニメや漫画の様な派手で馬鹿な登場を好むのは、彼等の知る限り一人しかいないからだ。

 即ち、神楽家の……


「フフフ……ハ~ハッハ!!」

「何者だ!」

「いったいどこから……」

「見つけたぞ! あそこだ!!」


 暗視の利く騎士団長の指摘を受け、皆は一斉に上を仰ぎ見る。

 天蓋に張られた梁の上。

 自らが灯した照明呪文を受け腕組みをする一人の少女。 

 ミニの巫女装束が可憐にゆらめく。

 ツインテールの黒髪に意志の強そうな大きな瞳。


「愛と正義の巫女服美少女戦士アスカ参上!」


 明日香だった。

 救国の勇者であるキョウスケの仲間でカムナガラ屈指の術師。

 所持する術式構成力は絶大であるが、奇異な言動と行動が目立つ。

 体よくテンドーに左遷したのだが、今回の会議に同行してきたのだろう。

 その事に気付いた者達は一様に安堵し、肩の力を抜く。

 一方胡乱げな目で明日香を見る人々とは別に、本人はまだ決めポーズと決め台詞を続けていた。


「力が欲しいか?

 ならばくれてやる!

 ……ってなわけで、いまそちらに参ります。

 ゆくぞ! とう!!」


 言い様、梁から飛び降りる明日香。

 落下しながら何らかの術を使おうとしたが、


 ゴキッ!!


 と凄まじい音を立てて頭から地面に突っ込んだ。

 並列処理はかなりスロットを圧迫する。

 まして今、彼女は実に17もの術式を同時に処理していた。

 その事が彼女の秀でた能力を表す事になるのだが、同時に限界を超えた事を理解していない。

 よって英雄叙述詩のように空中で華麗に減速し着地、という重力制御系の術式は発動しなかったのだ。


(っていうか、術を使ってから飛べばいいでは?)


 あまりの事態と云えばあまりの事態に、そう思いつつ呆然とする人々。

 明日香は何事もなく立ち上がると、埃のついた巫女装束を手で払う。

 そして、


「えへっ★」


 と指を顔に揃え微笑む。

 かなり可愛らしい顔をしてるのでよく似合う仕草である。

 だが、首があらぬ方を向いてるのがシュールであった。


(っていうかアレ、致命傷ではないのか?)


 先程の推測とは別の意味で戦々恐々する人々。

 溜息をつく恭介と楓。

 そのどうしようもない雰囲気は朗らかな笑い声によって打ち壊された。

 鈴の様に清廉でありながら心地良い声色を持つ二人の女性。

 コノハと竜桔公主だった。


「フフ……ごめんなさい、ついおかしくて」

「姫……」

「ククク……確かにな。

 人族にも面白い者がいるではないか」

「お母様……」


 窘める様に声を掛ける楓と涼鈴。

 しかし当の両人は上機嫌である。

 その結果にVサインで応じる明日香。

 声を失い苦笑する人々。

 すると、


「いや~よくウケたようで良かったですわ。

 まずは掴みは上々といった感じですかね?」


 頭を掻きながら入室してくる一人の男性と付き従う妙齢の女性。

 先頭を行くのは眼鏡を掛け色素が抜け落ちた様な白髪を持つ青年だった。

 優男風であるが細い眼が本心を隠すようである。

 道衣に身を包んだその口元は常に笑みをたたえている。

 彼こそ西方地域ヤガタの守護者、天候神八咫であった。


「明日香クンが大丈夫、ゆ~から任せましたけど……ホンマ心配でしたわ。

 ボク、こう見えても繊細なんで」

「自分で言っては説得力がないのではないかとミズハは指摘しますが?」


 あくまで冷静に指摘するのは、穀倉地帯であるテンドーのギルド農連を束ねる長、ミズハであった。

 シックなスーツに身を包み、ゼンダインには珍しい金髪のクールビューティ。

 作物を愛でる為か、穏やかで交渉事に向いてないテンドーの人々に代わり、直属の部下を率いて出荷や卸しを担当する凄腕のネゴシエーターでもある。


「相変わらずミズハ君はツッコミが容赦ないわ。

 ホンマ勘弁してほしいんやけど」

「事実を述べただけ、とミズハ再度指摘します」


 漫才の様な八咫とミズハの掛け合い。

 広間にも押さえきれぬ笑いが響く。

 その結果に満足したのか、八咫は指を鳴らす。

 すると一瞬して広間に光が戻る。

 カーテンは開け放たれ、蝋燭と魔導具には灯りが燈る。

 それだけに留まらず、周囲には得も知れぬ芳醇な芳香が漂い、清潔であるが無機質な広間に鮮やかな花々が咲き乱れる。

 これだけの事を一瞬にして?

 亜神である八咫の力に押し黙る人々。

 唯一竜桔公主だけが面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「まあこんなとこですかね。

 さてウチの子が随分お騒がせしました。

 代わって謝ります」


 コノハの前に来るなり深々と一礼する八咫。

 慌ててコノハも礼を返す。


「此度は遠方から遥々おいでいただきまして」

「ああ、大丈夫です」

「え?」

「ボク相手にそんなに格式張らなくてええですよ」

「し、しかし」

「そんなん固くならず、どうか気を楽に。

 ボクは今回この子の保護者みたいなものですし」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。な、ミズハ君?」

「何が『な、ミズハ君?』なのかよく分かりませんが。

 ……まあいいでしょう。

 初めまして、コノハ・イシュタル・ゼンダイン様。

 テンドーギルド農連長ミズハ・ユウキと申します。

 此度は会議の末席を汚す事をお許し下さい」

「そんな! 大歓迎ですわ」

「そうですか?

 ならばミズハは光栄です、とお伝え致します」


 一礼すると用は済んだとばかりに八咫を仰ぎ見る。

 溜息をつき眼鏡をクイっと上げる八咫。

 形のいい鼻に皺を寄せながら、


「どうもすみません。

 ホントに愛想のない子で」

「いえ、そんな」

「まあボクが頼りにするくらいには優秀な子なんで。

 会議の進行を楽しみに見させていただきますわ」


 この時ばかりは瞳を鋭くする八咫。

 親しみやすそうな感じでも相手は人とは位階が違う亜神である。

 若干二十歳であるコノハは身を竦ませた。

 八咫はその様子にどこか皮肉げに目を細めると、踵を返し、自分にあてがわれた席へと向かう。

 途中決めポースのままフリーズしてる明日香を回収することも忘れなかった。


「八咫様、どうでしたあたし?」

「ん? ……ああ、大ウケやったで?

 そんな感じで修行積めば大丈夫ちゃうん?」

「ホントですか? やたっ!」


 小声で成果を尋ねてくる明日香に適当に応じる八咫。 

 そうとは知らず小躍りする明日香。

 単純な明日香を好ましく思いつつも、八咫は念話でミズハに語り掛ける。


(さて、どう見立てるミズハ?)

(と、言いますと?)

(今回の騒動でコノハちゃんを守りに動いたのは……

 恭介と楓、あとは新参の勇者達を除けば騎士団長と親衛隊のみ。

 将軍や大臣達は浮き足だってたのもあるが彼女から離れようとしてたな)

(それはつまり?)

(ああ、まんま臣下との距離感の顕れやろ。

 王国の要であるコノハちゃんの危機にあの対応。

 人心把握は出来てないんやろな)

(名代と云うのもありますが、やはり年齢が侮られてる一因でしょうか?)

(せやな。他にも王族に対する権力誇示や基盤拡大の企みってとこか。

 おそらく今回の会議……かなり荒れるで)


 人族は効率が悪く権力に酔いやすい。

 最高権力者に意見し従うだけでなく、自らが権力の頂きに立ちたがる。

 そんな仮初めの力など、容易に瓦解するのを知りつつも。

 肩を竦め呆れる八咫。

 その時、ふと気付いた。

 自分とテーブルを挟んだ向こう。

 洒落たスーツを着込んだ口髭の男が目に入る。

 別にどうといったことのない男だ。

 感じる気も魔力も人族の平均値の範囲内なのだが。


(なんやろ。何か……気になんねんど)

(どうされました?)

(いや、何でもない。

 ただちょっと……気になっただけや)


 意識しない微かな違和感。

 しかしそれも次の呼び出しの歩哨の声につい消えるのだった。



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