163章 俗事に飽きし竜神
「東方地域イーシマの管理者、竜桔公主様。
並びに公女涼鈴様、
そしてシーガマ商業長サガラ様、御来場です!!」
先程と同様、扉に控える物言いの歩哨が高らかに宣言する。
会議の場にいた者達は即座に直立し、軍隊の様な規律を以って入口を仰ぎ見る。
その顔に浮かぶのは緊張。
厳粛さを旨とするその神相手に失敗は許されないからだ。
凛然たる趣きで入室してきたのは二人の女性とその後に続く一人の男性。
威風堂々たる振る舞いで先を進むのは、美しさと神秘を具現化したとしか喩えようのない美貌の持ち主。
幾重にも重ねられた水色のヴェールを纏い、その上を流れる鮮やかな蒼髪が別個の様に光を放つ持つ。
霊海マーシマの中にある崑崙の主にて竜神族の若き総領。
皇帝に次ぐ身分であるが実質彼女こそが一族の意志を決定している。
神々に抱く畏敬の念を凝縮したのが岐神の在り方であるとするのなら、
人々が彼女の在り方に抱くのは畏怖の念であろうか。
会議に集まりし者達を見る目は無機物を見る様に冷めていた。
ただ岐神と目線が合い会釈を交わす時のみ目元の相好が崩れたが。
人と神の境界を厳粛に敷く彼女にとって同族である岐神以外はどうでもいい存在なのだろう。
今回も俗世の事はどうでもよく、この世界の主神であるサクヤの招集に応じたからに過ぎない。
そんな彼女の後に続くのはオドオドとした佇まいで歩く一人の少女。
長い蒼髪で顔は覆われ表情はよく見えない。
活動的な宮中服から覗くほっそりした足と両腰に携えられた黒白の剣が印象的である。
彼女こそが竜桔公主の娘である涼鈴であった。
趣味を語る時以外は人と接するのが苦手で、常に引っ込み思案である。
しかし両腰に携えられたのは竜神族に伝わる退魔の宝剣。
干将・莫耶という夫婦剣を母より譲り受ける程彼女は武芸に優れている。
この場に連れて来られたのもお飾りではない。
世界一とも名高きその腕を買われ、母たる公主の護衛としてなのだ。
……本人は人と目線の多さに失神してしまいそうなほど戦々恐々なのだが。
そんな二人というか二柱の神々を穏やかな笑みを浮かべ見るのは、洒落たスーツを着込み口髭がダンディなジェントルマン。
商業都市であるシーガマの商業長にして流通の支配者、
サガラ・サノスケであった。
先日強襲する終末の軍勢の攻勢を早々と察知し、救援要請を「事前に」出した判断力。
その後も半壊した王都を速やかに復旧すべく建築資材を手配する情報収集力。
どれもが只者ではないと窺わせる。
彼を知る者はこう呼ぶ。
人呼んで「笑う陰謀家」と。
今回もこの会議の事を聞き及び、普段から繋げているコネクションを総動員し滑り込んだのである。
竜桔公主にしてみれば雑多な俗事のことなど、正直どうでも良かった。
が、嗜好品を定期的に無償で献上してくれてる者の頼みとあれば断れない。
特に愛すべき娘は彼が持参する本を溺愛してるのだ。
人族の事などはどうでも良いが、娘の機嫌を損ねるのは避けたかった。
歩み進みコノハの前に立つ。
不快そうな表情を隠しもせず、この会議の名ばかりの主催者であるコノハに一礼する。
「妾達の主たる咲夜様の招集と、剣皇姫ヴァリレウス殿との友誼により参った」
「よ、ようこそ、王都ゼンダインへ。
わたくしの名はコノハ・イシュタル・ゼンダイン。
今日は御足労いただき感謝しております」
「ああ、美辞麗句は必要ない」
「え?」
「正直に述べれば今日は義理を果たしに来たに過ぎぬ」
「それはどういう……」
「妾達に何も望むな。
妾達は干渉せず・侵さず自衛と自活のみを主体としている。
それがこの世界で破格の力を持つ妾達の正しい在り方だと信じるが故にな」
「左様ですか……」
「まあ意見は聞こう。
だが期待はせぬことだ」
「それでもありがとうございます。
お忙しい中おいでいただいただけでも光栄ですわ」
「フム……言霊を交えた妾の言葉にもめげぬか。
なかなかの胆力だな、コノハとやら」
「それほどでも」
「人族はどうでもいいがお前は気に入った。
会議を楽しみにしている」
感情を露わにしない竜桔公主にしては珍しく口元に笑みを浮かべる。
彼女は言うだけ言うと義理は果たしたとばかり、岐神の隣りに腰掛ける。
その後に続き腰掛ける涼鈴。
時折恭介やアルの方を見て「……ヘタレ攻め」だの「誘い受け……素敵」だのと呟くのが不気味と云えば不気味である。
一方残されたサガラであったが呆然とすることもなく意気揚々とコノハとの信義を図っていた。
「この度は王都再建の為の資材手配から、術者の派遣。
並びに食材の供給まで、本当に何から何まで支援いただいて……」
「いえいえ、どうぞ気になさらず。
王都防衛の要、恭介殿を借り受けたのです。
この程度の支援など苦にもなりませんよ」
「しかし……」
「お蔭様でシーガマは無傷。
わたしたち商人にとって最良の結果を得られましたよ」
「そうですか? でも何かお返ししなくてはと思いまして」
「それではコノハ姫、末席とはいえわたしにも発言権をいただけませんか?
ロジステックや後方支援のことで王国軍を支えたいと思いますので」
「ええ、それでしたら問題なく」
「ありがとうございます。それでは」
一礼をすると会場の端に腰掛けるサガラ。
竜桔公主達の動向に気を配るコノハや周囲の者達は気付かなかった。
会場を探る様に緩やかに腰掛けるサガラ。
端正な口髭に隠れたその口元が、邪まに歪むのを。