157章 憶測に不安な勇者
用意されていた円卓に着き、豪勢な朝食を前に「いただきます」をするべきかを考える。
脳裏に浮かんだのはかつての仲間達とのやり取りだった。
俺が勧めたのもあり、いつしかパーティの皆だけでなく、王国民にも広がっていった概念だ。
日々糧となる命をいただく事に対する感謝の言葉。
ノルン家に代々伝わるものだけど、非常に美しい挨拶だと思う。
様々な命に繋ぎ止められ俺達は今日も生きている。
改めてそのことを認識し直せるからだ。
(そういえば……この世界の人々も当たり前に「いただきます」をしてるな)
武藤家で囲んだ食卓時にも感じた違和感。
初めての食事に郷愁を感じたけど挨拶そのものは通常のもとしか感じなかった。
本来異世界人であるミーヌすらいつのまにか身についてる概念。
何だろう……そのことが凄く嫌な要因を孕んでいる気がしてならない。
(そう……何故なら、ミーヌは自分の転生先は明確に知っていた。
だが、俺のベースとなった者は一体……)
あえて考えない様にしていた疑問が俺の胸中を占めた始めた時、
「どうしたの、アル?」
隣りに座ったミーヌが、テーブルの下でそっと手を握りながら尋ねてくる。
余程ひどい顔色をしてたのだろう。
心配そうに俺を窺ってくる。
俺ってやつはどこまで未熟者なのだろうか。
こんなに愛しい人を不安にさせてしまうなんて。
心中の思いを振り払い、ミーヌに冗談を交え返す。
「いや、昨夜っていうか……今朝の疲れが、な」
「……ばか」
「え~? 嫌だなーミーヌさん。
散歩の疲れですよ?
いったい何を想像したんですー?」
「……アルは一度、爆発すればいいと思う」
「ひっでーの」
二人で口元を押さえ笑い合う。
そんな仕草が目立ったのか、円卓につく他の者達の注目を浴びる。
今王宮にあるこの円卓にいるのは国の重鎮たちばかりだ。
騎士団長を含む王国騎士団の将軍達。
各役職の大臣達。
そして俺達のような神名担の勇者達。
総勢20を超えるメンバーだ。
粗相が無い様配慮しなくては。
「どうかされましたかな、アルティア殿?」
「いいえ、何も。
豪華な朝食だな、と感心しておりました」
「おお、そうですか。
宮中の料理人が皆の為に腕を振るいました品々です。
どうぞご堪能くだされ」
「それは楽しみですね」
昨晩酒を組み交わし仲良くなった騎士団長の疑問に応じる。
咄嗟に出た言葉だったが、確かに朝食の内容は朝から豪勢だった。
ただ食材を多く用意したのではなく、もてなす側の誠意が込められた内容。
メインである朝粥にしてもトッピングだけで10種類も用意されてる。
客人は胃の状態に応じて自分で調節できるという訳だ。
二日酔いなどとは縁の無い俺だったが、昨夜の宴で未だ食欲の無い者もいるのだろう。
中には時折胃のあたりを押さえる者もいた。
「ウチの朝食は皆が揃って食べようというのがコノハ姫の提案でしてな。
これがなかなか楽しみに……と、来られたようですな」
騎士団長の言葉に皆が一斉に起立する。
俺とミーヌも慌てて倣った。
入口から入室してきたのは楓を警護に控えたコノハ姫だった。
その後ろには恭介が続く。
昨日は疲労困憊で憔悴した感じが拭えなかったコノハ姫だったが、
今日は印象がガラリと一新。
肌艶も良く大輪の花が咲いた様に輝いている。
反対に恭介の顔色は優れない。
何だか色々と吸い取られた様に疲れた顔をしている。
俺はふとミーヌの顔色を横目で見る。
にこにこと笑うミーヌの肌艶もめっちゃ輝いていた。
(はは……まさか、ね)
内心浮かんだこわ~い想像を打ち消す。
うん、合意なら犯罪じゃない筈。多分。
俺の葛藤をよそに三人は空いていた席に辿り着く。
そして軽い一礼の後、
「おはようございます、皆さん。
今日もよろしくお願い致します。
どうぞご着席下さい」
と声を掛けてくる。
各々挨拶に応じた後、皆が席に着く。
楓は俺達に目配せした後、テーブル下や食卓をチェック。
危険物や隠蔽術式がないかを確認するのも警護の者の重要な仕事だ。
自然残った恭介が椅子を引きコノハ姫をエスコートする事になる。
「ありがとう、恭介」
「いえ。この程度で礼を言われるほどではありませんよ」
嬉しそうに微笑むコノハに自然と応じる恭介。
ああ、何でしょうこの甘ったるい雰囲気。
私、気になります!
「昨日は御苦労様でした、皆さん。
終末の軍団の動向は依然不鮮明で予断を許しません。
どうにか王都を死守できましたが、これからも皆さんのお力は必要です。
どうかわたくしめ……いえ、ゼンダインの為に力を御貸し下さい。
さて……本日も忙しくなると思います。
ですがまずはお腹を満たしましょう。
それでは皆さん。
冷めない内にどうぞお召し上がりください……いただきます」
「「「「「いただきます!!!!!」」」」」
食堂に皆の声が唱和する。
控えていたメイド達が一斉に各自の担当につき飲み物等のオーダーに応じる。
様々な歓声が上がる中、美味しい時間の開始となるのだった。