150章 邪推に自省す勇者
このカムナガラにおける大まかな背景は理解出来た。
自分が何と相対し、何をすべきなのかも。
ただヘルエヌの最終的な行動目的は不明だ。
奴はこの世界で何を為すつもりなのだろう?
何か見落としていることがあるんじゃないか?
そんな懸念がいつまでも陽炎のように脳裏に付き纏う。
煩悶する俺だったが……空気を読まないサクヤは相変わらず理不尽さを強要してくる。
「まったく……さすがドSだな。
笑顔で無理難題を押し付けよってからに」
「だいじょーぶ☆
アルおにーちゃんならいけるって♪
ね、きょうすけ?」
「ええ、自分もアルならいけると思います。
絶望に屈せず、人々に希望の燈火を掲げていく貴方の在り方なら!」
「いや、そんな信頼いらないし。
腐れた妄想の餌食になるのは俺だし」
「(ちっ)」
「ん? 今舌打ちしなかったか、恭介?」
「いえ。まさか。
そんな訳ないじゃないですか!
自分がアルを汚れたフィルターの身代わりにしようだなんて!!
そんな……ねえ?(はは)」
「騙るに落ちた気がするけど……」
「体のいい人身御供な気がしてきた……」
「まあまあ。ともかくさ」
「うん?」
「そろそろ交信(神)限界みたい。
あたしの分霊たるコノハだけど、身体は普通の人と変わらないし……
あまり長時間同調するのは心身の負担が半端ないの。
この子の為にも、今日は一端終了するね。
詳しい話は明朝でいいかな?」
「ああ」
「そうですね」
「異議なし」
「じゃあみんな、良い夢を♪」
重い話題が続く中、極めて明るく快活な声色で告げるサクヤだったが、早々と会合の終了を申し出てきた。
一国の名代とはいえ、昼間の激戦からこの小さな少女は働きづくめだ。
少しでも拙速に休息をとるのが必要であろう。
特にサクヤは重責を担うコノハ姫の心労を思い図っている。
申し出に反論する者はいない。
俺達の反応に気を良くしたのか、笑顔を浮かべるサクヤ。
参加した面々を一人ずつ見詰め、最後にウインクと共に一礼をする。
それを終了の合図とし神気は去り、会合は終了となった。
途端、崩れる様に椅子へ凭れ掛かるコノハ。
強大な存在である神とのリンクは心身に凄まじい負担を掛ける。
専門職たる専属の巫女ですらそうなのだ。
旧神の憑代となったコノハの負担はいかなるものなのだろう?
正直推測もつかない。
端々に珠の様な汗が浮かんでいるし、端麗な容貌には隠し切れない疲労の翳りが濃い。
危なげな足取りで歩み出す姿に、思わず手が出そうになる。
だがその前に、いつの間にか距離を詰めていたのやら、恭介がそっとその背を支えていた。
振り返り介助者を確認するコノハ。
すると安堵したようにゆっくりと身を委ねていく。
その顔は至福と安寧に満ちていた。
何も言わず、どこか甘えた様に手を伸ばし、続きををせがむ。
俺達の方を見て当惑するげに逡巡する恭介。
しかしコノハの窮状を放っておけない気持ちが勝ったのだろう。
自分を納得させるように頷くと、軽々とその肢体を抱き上げる。
本物のお姫様による本物のお姫様抱っこ(される方)である。
美麗な姿に思わず見惚れてしまう。
隣りにいるミーヌも「いいな」と呟いていた。
本人達も照れ臭いのか、両人共に顔が真っ赤である。
ふむふむ。
へ~。
なるほどね。
人間関係って複雑なようで結構単純なんだな。
就寝の挨拶と別れを言葉少なに告げ、警護につく楓と共に、託宣の間から出ていく恭介とコノハ。
俺は意地の悪いニヤニヤ笑いが浮かぶのを止められなかった。
どうやら自分も随分と性格が悪くなってきているみたいである。
これはサクヤの事を咎められない。
要反省だな(まる)。