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140章 月下に委ねる二人

 さして探し回るまでもなく、すぐ傍の花壇にミーヌはいた。

 月夜に鮮やかに映える花々。

 それを跪き、労わるように観賞しているミーヌ。

 俺に背を向けた体勢。

 今はその背に声を掛けるのが少し怖い。

 でも……今やらなければ、俺はきっと後悔する。

 俺は震える手を握り、乾いた喉を唾で湿らせる。

 そして深呼吸を一つするとミーヌに声を掛けた。


「ミーヌ」


 俺の声に立ち上がり振り向くミーヌ。

 ドレスが翻り大輪の花を咲かせる。

 傾国の美姫と並び立つようなその容姿だったが、

 流れる涙でメイクが汚れてしまっていた。

 俺が泣かせてしまったのだ。

 甘えるミーヌの好意を無碍にも断ち切って。

 自分の仕出かした愚かしさに再度自分をぶん殴りたくなる。

 でも……今は何よりミーヌが大事だ。

 俺は決断すると、ミーヌに近付く。

 少し怯えるように顔が強張るのを見た。

 けど俺は気付かない振りをして、その端麗な顔へ右手を伸ばす。

 翠玉石の瞳より零れてゆく雫。

 顔を傷付けないように配慮しながら掬い取る。

 ビクッと身を震わせるミーヌ。

 でも決して嫌がってる訳じゃない。

 そのことに内心安堵しつつ、俺は謝罪の言葉を告げる。


「本当に……すまなかった、ミーヌ。

 さっきは俺がどうかしてた」


 自分の気持ちを精一杯込めて告げた言葉。

 そんな純粋な言葉にミーヌの態度が目に見えて軟化し和らぐ。


「ううん。気にしてないから」


 直感的に嘘だ、と思った。

 普段の俺なら波風立てない様にスルーする。

 だけどさっき恭介から自分の気持ちに素直になれと言われた。

 だから心に踏み込む怖さを抱きつつもミーヌを追及する。


「うそ、だな」

「うん、嘘。

 本当は……すごく傷付いた」


 俺の問いに再び涙をポロポロと零し始める。

 俺は涙を拭う作業を続けながら片手で頬を撫でる。

 その瞬間、ミーヌが感極まった様に胸元に飛び込んでくる。

 静かに嗚咽を洩らすミーヌを抱き締め、あやす様に今度はミーヌの頭を撫でる。


「きら、嫌われたかと、ひっく……思った……

 わた……私が悪いのかもって……ひっく……

 ずっと、ずっと自分を責めてた……」

「ミーヌ……」

「アルは……アルはどうして意地悪するの!?

 私はアルが好きなの!

 他の人じゃ嫌なの!

 アルだけに見てて欲しいの!

 アルに傍にいてほしいの!

 アルに抱いてほしいの!

 なのに何で冷たくするの!?

 もう訳が分からないよ!!」


 それは虚飾が剥がれた剥き出しのミーヌの気持ちだった。

 痛い程突き刺さる想い。

 ここで逃げだせれば、何と楽だろう。

 でもそれだけは出来ない。

 剥き出しのミーヌの想いには、俺もありのままの自分で応じないといけない。

 そうでなければ、ここで俺達は終わってしまう。

 怖い。

 戦いとはまた違う心の怖さ。

 俺は思い知った。

 恋愛は甘い綺麗事だけではないということを。

 エゴとエゴのぶつかり合い。

 けれど……絶対譲れない。

 譲ってはいけない。

 それが真摯にミーヌと向き合うという事。


「……や、だったんだ」

「……え?」

「嫌だったんだ。

 ミーヌが、恭介や他の奴等と仲良くするのが」

「アル?」

「ミーヌが好きなんだ……

 すごくすごくすごくすごく!! 

 苦しい程に!

 何なんだよ、これ。

 すごく好きで大事なのに……

 何でこんな想いが湧き上がるんだよ!

 ずっと傍にいろよ!

 ずっと俺を見ろよ!

 ずっと……俺を愛してくれよ!!」


 自制できない衝動。

 俺はミーヌを押し倒し、荒々しく唇を貪る。


「ん……あっ……」

「誰にも渡さない!

 誰にも譲らない!!

 ミーヌの幸せは俺と共にでなきゃ嫌だ!!」


 乱暴に衣服を引き裂き首元から乳房を攻め立てる。

 喘ぎ身を捩るミーヌ。

 その両手を抑え込み、俺はついにミーヌを……

 と、その瞬間我に返る。

 目の前には肌も露わなミーヌの姿。

 上気した顔で羞恥に震えながら濡れた眼で俺を見詰めている。


(俺は……いったい何を……)


 激しい後悔に死にたくなる。

 今すぐにでも己が胸に刃を突き立てたい。

 慌てて身を引き剥がそうとする。

 その身体が、

 ミーヌの伸ばした手によって引き留められた。


「み、ミーヌ?」

「いいの」

「え……」

「アルならいいの。

 アルなら私を痛い目にあわせていいの。

 アルなら私を苛めていいの。

 アルだけ私を抱いていいの。

 アルだけ私を愛していいの。

 私が欲しいのは……アルだけなの。

 だから、カッコつけないで?

 無理をしないで?

 ありのままの貴方を見せて?

 綺麗で、優しくなくてもいい。

 剥き出しの貴方で私を愛して」


 切なげなミーヌから囁かれる本心からの言葉。

 やっと俺は分かった。

 酸いも甘いも内包する理不尽な衝動。

 これが恋愛するということだと。


「ミーヌ……」

「アル……」


 自分を偽る事、カッコつける事はもうやめた。

 俺は迸る衝動が命じるまま、思いの丈を解き放つ。

 満ち足りた優しい笑顔で俺の頭を抱いてくれるミーヌ。

 双月が輝きを上げる夜空。

 闇色のドレスを絨毯に、

 星々の揺り籠に包まれながら、

 俺達は一つになった想いと幸せに、

 その身を委ねていくのだった。


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