139章 虚心に明星な勇者
宴が開かれている王宮会場より少し離れた王宮庭園。
色取り取りの草花が咲き誇る中、俺はベンチに腰掛け空を眺めていた。
見慣れない星々と2つある月が夜空に印象的だった。
こうして人込みを離れ一人になるとちょっとだけ落ち着く。
最近は誰かと共にいるのが当たり前になっていたから忘れていた。
世界はこんなにも静かだということを。
常に明るい会話が絶えなかった日々の暮らし。
今はどこか遠い過去の様に感じる。
何だろうな、俺は。
どうしてこんなに弱くなってしまったのだろう?
昔は孤高こそが強さ、
友人や知人など人間強度が下がると剛毅に言い放っていたのに。
鬱屈する自分に苦笑し自嘲する。
と、その時
「アル?」
この場にいない筈の女性の声が俺に掛けられた。
慌てて身体を起こす俺。
振り返った視線の先、怪訝そうな表情のミーヌがいた。
きっと俺の姿を求め走り回ったのだろう。
月夜に映える闇色のドレスの裾元が少し汚れている。
端麗な容貌には汗が浮かび化粧を崩していた。
そんなミーヌだったが、俺を見るとこの庭園に相応しい花が咲いた様な笑顔を浮かべる。
反対に俺は言い難い衝動に顔が強張るのを感じた。
しかしミーヌはそんな俺に気が付かない振りをすると、走り寄って来る。
「良かった。ここにいたんだ。
姿が見えなかったから探しちゃった」
あどけない幼女の様に純粋な好意に満ちた笑み。
胸の動悸が激しくなる。
上手く呼吸できず、ちょっと息苦しい。
「あ、ああ。
少し……その、風に当りたくてさ。
騎士団の皆と飲んでたから……酔ったのかもな」
「ふうん?
アルでも酔うことがあるんだ」
「ま、まあ……
たまには、な」
「フフ……底なしだと思ってた。
でも今日は特別なことがあったから違うのかな?」
「特別?」
「恭介に再会できたでしょう?
アーヤ達の他にも、皆がカムナガラに無事に来てる事が実証されたって、事になるし」
「再会が……嬉しい?」
ベンチの隣りにミーヌが座り、嬉しそうに頷く。
「うん。アルは嬉しくないの?」
「俺は……」
「今日は慌ただしくてアルと一緒にいられなかったし。
だから……ちょっとだけいい?」
隣りのミーヌがそっと肩に顔を寄せてくる。
心を委ねるかのようなそんな甘えを、
「アル?」
俺は無意識にミーヌを押さえ、
無碍にも断ち切ってしまった。
「あっ……これは……」
「アル……何だか変だよ。
さっきから避けてるよね?
私、何かしちゃったかな?」
顔を俯かせたミーヌが哀しげな声色で尋ねてくる。
何か声を掛けるべきなのだろう。
けど今の俺は気持ちばかりが逸るだけで気の利いた一言が出なかった。
要人や御婦人相手には幾らでも自分を偽れるのに。
ミーヌが傍にいるだけで息苦しくて思考がまとまらない。
だからだろうか?
「少し夜風に当たってくるね……」
そう呟き立ち去るミーヌを止められなかった。
目元から光る雫が零れ落ちるのが見えたのに。
呆然と立ち尽くし、ミーヌの消えた庭園の先を見る。
俺はいったい何をしている?
愛する人の甘えを断ち切り、何も応じられず。
守るとか大事にするとか御題目事を遵守しようとばかり考えて。
煩悶し自問自答する。
そんな時、ポンと肩を叩かれた。
いつの間に来たのか恭介が俺の傍らにいた。
礼服をピシっと身に纏った恭介。
男の俺でも惚れ惚れとするような伊達男っぷりである。
これならミーヌも……等と色々嫌な事を思いついてしまう。
そんな俺の表情に気が付いたのか、恭介はにこやかに笑顔を浮かべる。
だが次の瞬間、
バキッ!
と、景気のいい音を立てて俺は恭介に殴り飛ばされた。
何故だろう?
その拳は、気や魔力等何も込められてはいないのに。
凄く、痛く感じた。
「今のはアルが殴ってほしそうにしたから殴らせていただきました。
赦して下さいとは言いません。
今の貴方は殴られて当然だからです。
どうしてだか分かりますか?」
「なん……でだ?」
「女性を泣かせたからです。
ミーヌさんは純粋に貴方を想い、貴方だけを見詰めてる。
それなのに肝心の貴方はいつまでも腐った様にウジウジとまあ。
そろそろ恥を知ったらどうです?」
「お前に……恭介に何が分かるって言うんだ!?」
「何も分かりませんよ。
アルはいつも一人で抱え込んで我慢しちゃいますし。
ただ貴方の心の状態は簡単に推測できますけどね」
「え?」
「貴方は嫉妬してたんですよ。
ミーヌさんの力、魅力、交友関係に。
それは最早独占欲と云っても過言ではないでしょう」
「そんな……俺は……」
「ねえ、アル。
いいじゃありませんか、綺麗でなくとも」
「そ、それはどういう意味だ?」
「文字通りですよ。
貴方は正しい人間であり続けようと努力してきた。
その時間は決して無駄じゃないし、貴方を魅力的にしてます。
だけど……どれだけ努力を重ねようとも貴方は人間なんです。
好きな人を独り占めしたい。
特に異性には触れられたくもない。
それは自然で正しい衝動なんですよ」
「俺は……」
「ミーヌさんの闇を受け入れた貴方が、御自身の闇については無頓着というのもおかしな話ですね。
アル、今の貴方は憶病になってるだけなんです。
もう少し踏み出してみませんか?
勇者じゃなく人間として当たり前の気持ちを彼女に伝えてあげてください」
「恭介……俺はいいのか?
こんなにゴチャゴチャした気持ちをミーヌに抱いても」
「いいんです。自分が保障します。
貴方のそれは、人間なら誰しもが持つ素直な心です」
「素直な心?」
「七大欲ともいい諸悪の根源と考える人もいれば全ての起因と考える人もいる。
でも一番大事なのはそれを否定するのでなく、紛れもない自分であることを自覚することだと自分は思います。
想い人に嫉妬するアル。
可愛いじゃないですか。
ミーヌさんならきっと喜んで受け入れてくれますよ」
「そうかな?」
「ええ。ですから……
さっさと後を追い掛けなさい、この色男!!」
問答無用とばかりに蹴り出される。
俺は足元を縺れさせながらも何かを振り切った気持ちで叫ぶ。
ミーヌの去った方へ懸命に走りだしながら。
「ありがとうな、恭介!!」
「恩に着せる気はありませんよ。
当然の事を当然に語っただけです」
肩を竦める恭介に拳を突き上げ応じる。
そうだ。
何をグジグジと考えていたのだろう、俺は。
常に全力を尽くし最善を為す。
それが俺のモットーだろう。
だったら俺に出来る事なんて最初から決まっている。
俺はミーヌの名を呼び掛けながら、
その後を追い求め月夜の庭園を駆けるのだった。