136章 無双に激昂な勇者
戦況は一変した。
たった一人、優れた前衛である恭介が介入するだけでこうも違うのか。
中衛と遊撃を兼ねる俺に対し、恭介が鉄壁と云ってもいい守備を織りなすことによって生まれる相互作用のコンビネーション。
何より驚いたのはこの世界に置ける恭介の力。
俺と共に飛び出すなり、
「神名<金剛>!」
と神名を使用し軍勢へ無防備ともいえる特攻。
無論妖魔達がそれを見逃すはずもなく、すかさず銃弾が叩き込まれる。
が、その全てが弾かれた。
神名により文字通り金剛石の堅さを得た恭介の身体によって。
必勝のスタイルが打ち破られ、愕然とする妖魔達。
そこに向け更に追い打ちを重ねる様に、
「神名<雷身>!」
続けざま発動した神名により雷と化した恭介が突貫する。
雷鳴と共に駆ける様はまさに天の裁き。
触れる事すら叶わず感電し、地に伏す軍勢。
すると指揮官は、恭介を最優先撃退目標と受け取ったのか、戦車の砲塔と全てのロケットランチャーを恭介へ向けるよう指示。
間髪入れず放たれる砲弾。
轟音と共に一切の音が消え去る。
煙幕が周囲を埋め尽くすほどの爆薬の渦。
やがて顔を上げる指揮官妖魔。
反撃が無い事に何かを大声で宣言する。
追従するように残っている妖魔達が嘲笑にも似た奇声をあげる。
だが奴等は知らない。
爆煙に包まれる寸前、恭介が第三の神名を発動させた事を。
巻き起こった旋風に煙が吹き飛ばされた後には、傷どころか埃すらつかない恭介の凛然たる姿。
驚愕を通り越し、最早呆然となる妖魔群。
恭介は面白くもなさそうに
「神名<磁界>」
と呟いた。
そう告げる恭介の周囲には電磁結界が張られ全ての衝撃を堰き止めている。
おそらくは<雷身>で得た運動量を、ベクトル操作によって電磁力へ転換する技なのだろう。
神名同士にもコンボや優勢条件などがあるのかもしれない。
しかし俺はまず恭介に一言言いたくて仕方なかった。
「くおおおおおおおおおおおおおおおおおおるるるるるるああああ、恭介え!!」
「はい?」
「なんじゃ、その御無体な戦闘力は!?
っていうか、お前神名を幾つ持ってんのじゃ!?」
激昂して言葉遣いがおかしくなる。
でも叫ばずにはいられない。
「え? 神名、ですか?
108個ですけど……」
「なん……だと?
108個!?
チートを通り越してゲームが違うレベルだわ!!
何でそんな仕様になってる!?」
「さあ……?
でも知り合った神々に尋ねてみると、自分はそういう宿業の主だと。
現実世界でも神名を用いて闘う退魔闘法の使い手ですから、由縁があったのかもしれません。
ここカムナガラにおいては神名は破格の効果を発しますし」
「そりゃ~そうなのかもだけど」
こうして恭介と話し合う間も俺は右手で聖剣を振るい、左手で光糸を迸らせ軍勢へ立ち向かっている。
着実に数を減らし怪我をしない堅実な戦い。
けど地味である。
いぶし銀の動きをしてる自覚はあるが、この場を見てる者がいたら誰しも俺が引き立て役で恭介が主役だと思うだろう。
別に目立ちたい訳じゃない。
が……さっきから美味しいとこばっかり、総取りである。
「何て言うかこう……ズルイ!」
「そんな事を言われましても」
当惑する間にも新たな神名を発動する恭介。
妖魔達の足元の大地が急激に罅割れ、生まれ出た草花がその身を縛る。
あろうことか中には食虫花の様に養分を吸い取る際物もいる。
恐れ、たじろぐ軍勢。
そりゃあそうだろう。
俺ですらもう突っ込む気力すらないのだから。
だから時間稼ぎに徹する事にした。
何故なら彼女がついに詠唱を終え、術式を完成させるのが分かったからだ。
通常なら導師級術者十数名が一月以上掛けて練り上げる戦略級術式。
それを僅か数分で織り遂げるミーヌ。
魔杖の力を借りてるとはいえ、恐るべき才能と云える。
「引くぞ、恭介!」
「了解です!」
俺の指摘に恭介が応じ、共に防衛線を築く王国騎士団の近くまで瞬時に後退。
それと同時に、
「……全ては久遠の追憶に立ち消えん。
還らざる偽りの安息を以って……<静寂に満ちる闇の氷雨>よ!」
満を持してついに発動するミーヌの戦略級魔術。
騎士団と俺達を除く、妖魔の軍勢全てを飲み込む闇の叢雲がミーヌの魔杖より生まれ急速に拡大してゆく。
実害がないことを不思議そうに周囲を見回す妖魔達。
けどそれはすぐさま狼狽に変わる。
突如降り出した闇色の雨。
その雨に触れた部分が消えゆくのだ。
まるで氷雨のごとき冷たさを持ちながら。
正確に説明するのなら、それは限定空間内における闇魔術の雨状転移術式。
雨にも似た転移触媒を無造作で無尽蔵に放ち、
触れたものを二次元に強制送還する。
闇を媒介としてる為、対処法が限られる。
更には効果対象も選別できる無慈悲な葬送。
かつて連合軍10万を瞬時に壊滅に追い込んだ術式だった。
無論相対していた魔族も余波を喰らい壊滅した。
今となっては戦力の均衡を図る為の策と理解できるが、当時はその不可解な行動に皆が疑問を抱いた。
女王の狙いは何だ?
次は自分達が狙われるんじゃないか?
疑惑に揺れる人々。
結果暴動となり犠牲者まで出る始末。
その事を思い出し俺は苦々しい気持ちでいっぱいになる。
あの時と同じく、妖魔達は綺麗さっぱりと掻き消された。
歓声に湧き上がる王国軍。
集まった人々によって囲まれ、恭介とミーヌは英雄のごとく大声で皆に讃えられている。
そんな中、誰よりも俺に褒めてもらいたそうに視線を送ってくるミーヌ。
だが俺は……皆が勝利の余韻に浮かれてるというのに。
好意に満ちたその視線に、何故か素直に目線を合わす事が出来ないでいた。