129章 密談に絶句す勇
内密な話があると岐神に囁かれた俺とミーヌ。
解放宣言により祝いの祭りへと興じる人々を後に、
霊峰の地下奥深くへと招かれた。
薄暗い鍾乳洞を照らす蝋燭の灯り。
宵闇が支配する神秘的な玄室。
どこかサクヤの神域と酷似していた。
中央に据えられているのは儀式法術を可能とする祭壇。
その前に腰掛けた岐神は悠然と茶を沸かし、鮮やかな作法で俺達に茶を勧める。
恐縮しながら受ける俺達。
穏やかに微笑み応じる雅な仕草。
緊張に正座した足が固まるのが自覚できた。
見慣れない美味しい御茶菓子などを頂き、しばし雑談を行う。
やがて本題を切り出せないのか、何やら躊躇う様に言い淀む岐神。
俺は遠慮せずに話をしてほしい旨を伝える。
その言葉に決心がついたのか、申し訳なさそうに話し始めた。
「なん……だと……」
「そんな裏が……」
岐神の語る内容に驚愕し、絶句する俺達。
要約すれば、岐神は自らの意志で霊峰に封ぜられていたとのこと。
自分の存在を要とする事で強大な禍津神をこの地に縛り付けていたのだという。
その存在の名は天逆神。
禍津神を統べる王にして根源。
天なる創造主に抗う存在。
岐神が語る話から推測される、彼我の歴然とした力の差。
同じ神でもこうまでも違うのか。
亜神と旧神の違いでこうも脅威度が違うとは。
何が脅威って?
自己の消滅すら覚悟しながら発動した念法。
その念法によって何とか倒したと思われた巨人型の禍津神。
俺はそいつこそ、ここザオウを牛耳る禍津神と勘違いしてた。
実際はあれほどの力を持つのに、アレは天逆神にとってはただの端末だという。
どのくらいの力が込められた化身かと尋ねれば、指一本と来たもんだ。
はなから全力でこられたら対抗すら叶わないかもしれない。
そんな事実に思わず戦慄を抱かざるを得ない。
「天逆神……いえ、天邪鬼は恐るべき力を持ちます。
運命や因果さえ捻じ曲げ、世界に歪みをもたらす程に。
ただそれ故にか、彼の存在の行動原理は気紛れなのです。
ここ数年大人しくしてたのは世に飽いていたそうですから。
しかし今回の騒動により、奴は貴方達と云う格好の標的を見つけてしまった。
これからは歴史の裏に潜り、色々画策するでしょう。
北に降臨した謎の邪神の存在もあります。
このカムナガラがどうなるのか、わたくしにはもう分かりません。
わたくしの力ではこの地方を守護するだけで精一杯。
邪悪なる運命に立ち向かう力はありません……」
「じゃあどうすれば!」
「矮小なるわたくしに出来るのはホンの手助け。
未知なる前へ踏み込むような、新たなる勇気の一歩。
神名と共に、貴方達に祝福を贈りましょう」
哀しげに微笑んだ岐神の手が複雑な印を刻む。
するとその動きに応じるかのごとく、霊峰がまるで轟く様な力のうねりを上げ力の奔流を迸らせる。
それは鍾乳石の間を駆け巡ると、俺とミーヌの身体を貫いた。
瞬間、雷撃にも似た衝動が駆け巡る。
万能に到るかのごとき果てのない様な陶酔。
意志がどこまでも研ぎ澄まされていく鋭敏。
身体のギアが一段階上昇するような浮遊感。
紛れもないレベルアップの瞬間だった。