125章 愉悦に嘲笑す天邪
ウインドウにも似た術式の中にはダイダラボッチと一人の異国の剣士の姿が映し出されている。
体格差もあるのだろう。
ダイダラボッチの攻勢の前に剣士の劣勢は避けられない状況だった。
人間にしては闘気や魔力に優れているようだが、相手は天邪鬼により生み出された亜神を超える禍津神の眷属たる存在。
巨大な質量に霊的な防御機構、凄まじい再生能力すら持つのだ。
更に巨体故の破壊力。
その一挙一動が致命的なものに成り兼ねない。
「お願いです。どうかやめてあげてください!
このままでは彼は……!!」
「フフ……随分頑張るではないか、彼も。
並みの才能でありながら限界まで自らを鍛え上げたのか。
その道程は苦難と努力の茨の道。
投げ出しくなるくらい困難なものだっただろう。
そんな人間が圧倒的な暴力の前につい消える。
哀しい事だ」
アルの窮地を見兼ね懇願する岐神。
しかしその願いに対し天邪鬼は享楽に歪んだ笑みを浮かべるのみ。
「懸命に抗う姿は愚かしくも愛しい。
君もそこで見るがいい。
運命に抗った者の末路がいかなる結果を迎えるかを」
「貴方と……貴方という人は!!」
悲嘆に顔を覆う岐神。
そんな岐神を嘲笑する天邪鬼。
だがそこで遠見の術式の中で信じられない光景が浮かぶ。
謎の燐光を上げた剣士が無造作に振るった一撃に50メートルを超えるダイダラボッチの巨体が遥か彼方まで吹き飛ばされたのだ。
「え?」
更に続け様に放たれる斬撃。
如何なる精神統一が為されたのか、青年が蒼白になりながら振るった一太刀。
ただそれだけでダイダラボッチは両断され滅んだ。
無限に吸収再生し増殖する力を発揮する間もなく。
空間の裂け目に死骸すら吸い込まれ、この世界から完全に消し去られた。
因果や因子すら残らぬ絶対の死。
それは神々ですら戻れぬ黄泉路への片道切符。
「嘘……」
あまりの事態と云えばあまりの事態。
岐神は呆然と呟く。
そんな岐神の耳に聞こえてきたのは嗤い声。
まるで運命を嗤うような哄笑。
恐ろしい事にその嗤いには紛れもない愉悦が秘められていた。
「クク……ハハハ!!
あれは何だ?
我が分霊を一撃で屠る御業。
まさか念法か!?
そのようなハイリスクの御業を持つ愚者がこの世界にいるとは!!
面白い……これは面白くなってきた。
世界が激動を望むならそれに興じるのみ。
ならば我も動くとするか」
自問自答する天邪鬼。
狂気を孕んだその声に岐神は戦慄しながら尋ねる。
「貴方は……いったいどうするおつもりですか?」
「いい加減ここも飽きた。出る」
岐神の問いに肩を竦める天邪鬼。
まなじりをキリっと上げると、岐神は結界を強化、束縛しようと術式を重ねる。
「させません!! 貴方をここからは、絶対に動か」
「それも厭いたと言った」
仄かな燐光を纏った天邪鬼。
境界たる結界を軽く小突いた。
その瞬間、甲高い金属音を上げ壊れる結界。
抵抗する隙すら許さぬ完全なる崩壊。
岐神は思わずその場にへたり込む。
「そんな……わたくしでは止められなかった……?」
「お役目御苦労。
君の懸命な愚行は見てて飽きなかった。
本来なら我を愚弄した罪で君を裁くとこだが……
今の我は気分がいい。
見逃してあげよう」
俯き頭を垂れる岐神の頭をポンポンと撫でる天邪鬼。
その目線は虚空を見上げ思案している。
「盤面に面白い駒が揃ってきた。
我も興劇を盛り上げるとしよう。
この忌々しくも愉快な舞台を」
独り言を呟いた天邪鬼。
その姿が瞬時に消え去る。
遥か彼方へと転移したのだ。
そんな天邪鬼の動向すら意に介さぬまま項垂れる岐神。
解放に沸き立つ霊峰。
されど岐神の胸中を占めるのは決定的な敗北感だった。