123章 覚悟に誇りし勇者
「くそっ……今のは正直マズッたな……」
圧倒的な衝撃に痛めた足を庇いながら、俺は巨人を見上げ聖剣を構える。
気と魔力の収斂を最大倍率で使用し、闘気術と魔力による強化さえ併用したというのに、奴の一撃を完全には相殺し切れなかったのだ。
咄嗟に力を受け流したものの、軸となる足に掛かる負担は避けられなかった。
さらに懸念すべき事としてこいつの特性がある。
近付いた箇所からまるで命を吸い取るかのような脱力を感じた。
いや、気のせいではないのだろう。
奴が立つ足元から山の木々は枯れ、湖も急速に濁っていく。
おそらくこいつが長時間滞在していたら空気さえも変容し、腐敗する。
万物に対する同化吸収。
それがこの巨人の特性だと思われる。
「ちっ……面倒だな」
奴が続けざま振り翳す拳を全力でダッシュし回避。
ゆっくり持ち上げられ、烈風を伴って落とされた踵。
咄嗟に横へ飛び、転がる様にして何とか避ける。
移動するたびに足が悲鳴を上げるのを強制的に排除し、無視。
一瞬の隙が致命的と成り兼ねない。
それほどまでに体格差が物を言うのだ。
琺輪世界でも巨人退治をしたことはあったが、あれは精々10メートルクラス。
今のこいつは50メートルを優に越える大きさだ。
人との対比率がこれだけ大きいと、ただの一挙一動が致命的な攻撃となる。
まあこいつが巨体にありがちなスローテンポだからまだ捌けている。
今考慮しなくてはならない事項はもう一つ。
こいつが只の愚鈍な肉の塊なら良かった。
俺の剣技でもミーヌの魔術でもケリがつく。
だが霊峰解放の為に沸き立つ俺達の前に突如現れたこいつは、霊的な位階を向上させた上位存在たる力の持ち主だった。
俺の見立てでは亜神レベルを超える程の。
多分こいつこそがこの霊峰にいるという禍津神なのだろう。
こういった存在には並大抵の攻撃が位階差に阻まれ通じない。
既存の概念が違うと形容すべきか?
分かりやすく例えると、
厚く重ねた大きな紙(巨人)に、紙の武器(剣技・魔術)で挑むようなものだ。
余程巧い工夫を凝らさないと盾(位階差)を突破出来ない。
綾奈の知識を借りるならATフィールドを貫けない、だったか。
練法を駆使し騙し騙し捌いているが、時間の問題。
アゾートの消費も激しい俺はこいつに掴まるだろう。
今も轟音と共に襲い来る拳を手首ごと横に打ち払う事で避けた。
が、
「っつう!」
抜群の斬れを誇る聖剣ですら一息で断ち切れない肉厚。
おまけに瞬時に再生するし。
俺は手の痺れを耐えながら柄を握り直す。
「大丈夫、アル!?」
「平気だ! 手筈通りミーヌは非戦闘民の避難を優先させてくれ!
その間は俺が何とか時間を稼ぐ!!」
「……うん! 無茶はしないでね!?」
「任せておけ!」
不承不承といった感じで頷くミーヌ。
魔杖を振るい影の転移ゲートを霊峰の要所に形成していく。
彼女は捕らわれていた人々……今は反旗を翻した者達を麓まで送る役目を努めていた。
それこそ事前打ち合わせにあったミーヌの役割である。
本当はすぐにでも俺を助けに行きたかった、と離れた横顔が語ってる。
しかし私情に駆られる様では大義は為せない。
遠くの広場には幼子に丁寧に事情を説明し、収納袋に入ってもらう事で避難させようと奮戦するソータとタツキも姿が見える。
ミーヌは唇を噛み締めながら、俺同様音声ボイスを最大化し人々に避難を促していた。
俺が再度検索し、ウインドウに表示した捕囚だった人々の数は2679人。
麓まで転移出来たのはまだ半分にも満たない。
更にミーヌに負担を掛けているのは併用術式の多さ。
何せ今の彼女はゲートを維持しつつ存命の妖魔達を牽制している。
死者が出ない様、拘束・攻撃魔術を連続使用。
時には付与魔術で反抗者達を支援する。
暗天蛇の力が籠められた魔杖を使用してるとはいえ流石に無茶が過ぎる。
俺に無茶を禁止しながら自分も相当の無茶をしてる。
尋常でない魔力容量を持つミーヌだったが、そのベースとなる今の身体は華奢な人間。
無理をする歪みはやがて彼女に還る。
それに……懸念すべきは、仮に手の空いたミーヌと協力したとしても、現状ではこいつを斃すヴィジョンが視えない。
増殖する巨大質量を相手にするには封印か全てを吹き飛ばすしかないからだ。
聖剣の神銘解放を用いれば別なアプローチも可能だが、つい先日解放したばかりでLPが回復してない為、後一週間は使用できない。
まさに打つ手無し。
絶体絶命。
……と、言いたいとこだが一つだけ方法がある。
亡き友に教わりし< >
あれを使えば苦も無く退ける事は可能だ。
問題は< >の消耗に俺が耐えられるか否か。
前に述べた様に< >は絶大な力を俺に与えてくれる。
しかし反動として世界から逸脱した存在となった俺を世界は強制的に召し上げ様とするのだ。
これが死より恐ろしい概念的な消滅<イデア・ロスト>だ。
世界に召し上げられた存在の末路は哀しい。
誰の存在からも忘れ去られ、
記録にも残らず、
ただ世界を維持する守護者と「成り上がる」のだから。
ミーヌや皆の想い出から消えるのは震える程恐ろしい。
(でもな……)
その想いを守る為に戦える事がこれほど誇らしい事はない。
何故なら、今の俺には強い意志がある。
目はちゃんと見えている。
耳はしっかり聴こえている。
手はちゃんと力が入る。
足はちゃんと立っている。
身を守るための鎧がある
敵と戦うための武器がある
何より命を懸けるための目的がある……
誰にも譲れない覚悟がある!!
(今の俺は……ちょっとばかり手強いぞ、禍津神?)
腹は据わった。
では始めるとするか。
俺は深い腹式呼吸と共にチャクラの動きを強制回転。
クンダリーニから駆け巡る生命力を変換すべく眉間のチャクラの起動を図る。
全てが停止したような時間の中、奴の胎動と俺の鼓動だけが聞こえる。
焦るな、俺。
アイツは俺に何て言った?
「大事な人を想いたまえ。
それが何より強い意志となる」
赤衣を纏った無愛想な弓兵。
どこか寂しげな瞳をしたあいつから託された最後の力。
闘気術としてチャクラに携わるノルファリア練法を学んだ俺にしか使いこなせないと言っていた御業。
眉間・王冠のチャクラ発動を以って発動する奇跡。
それは『聖念を以って天の位階へと至る技法』と呼ばれる。
あるいはアストラルエンジェリング……
即ち<念法>と。
今まで培ってきた人々の絆。
特に何にも代え難いミーヌの笑顔が思い浮かび、俺の意識を高次元へ移行。
激しい苦痛と共に、ついに眉間に宿るチャクラが鈍く回転をし始めた。
大いなる存在へと昇華し始める虚実。
宇宙や世界と一体化したような万能感。
陶酔すべき快感と曖昧になる恐怖に目覚めながら、
俺はついに奥の手でも秘中の秘、念法を発動させる事に成功した。