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119章 解放に策謀す勇者

 山頂付近のカルデラ湖に設置されてるという収容所兼作業所に辿り着いた際には夕刻を過ぎ夜間帯となっていた。

 捕らわれた人々がいなければ力に任せた強行突破も可能だったが、

 収納袋にいるソータ達と念話を通して話し合うに、そうもいかない様である。

 ソータの話だと、集められた人々は昼と夜の部に分けられ24時間体制で過酷な労働に従事させられているらしい。

 人権無視も甚だしく、サボタージュには妖魔共が罰則を以って当たるとの事。

 中には武力を持った防人や術者などがいたが、ここで冒頭にいった問題にぶちあたる。

 何故2交代制にしたかといえば、昼と夜の部、互いが互いとも人質なのだ。

 Aグループが作業中はBグループが休息と云う名の監視を受け、

 Bグループが作業中にも同様に。

 どちらかが不審な動きをすれば、残った方が皆殺しとなる。

 決起しようとする人達もいたらしいが、それを恐れて動けないらしい。

 道中その事を聞いた俺とミーヌは、そこに付け込める隙があるのではないかと考えた。

 無論俺とミーヌクラスが本気になればこの程度の拠点レベルなら制覇するのは容易い。

 ただそれに犠牲が伴うようでは駄目なのだ。

 状況にもよるが、皆に決起してもらい自分の身は自分で面倒をみて貰ええるように対応しなくてはならない。

 戦場ではどんな理不尽が待ち受けてるか分からないのだから。


(今の時刻だと、ちょうど夜の部の人達との交代になる時間だと思う)


 思案するソータの声が脳裏に伝わる。

 それが今回の索の狙い目。

 入れ替わりの時間帯なら人数が最も多くなり救える人々、抵抗できる者も多くなる筈。

 木立ちの陰に隠れ、収容所と鉱山を一望できる崖よりそっと様子を窺う。

 やがて鋭い警笛の音と共に山の中に出来た鉱山から薄汚れた人々がツルハシを手にやってきた。

 どの顔も疲れており、作業に対する鬱屈が見える。

 足取りを縺れさせる者を鞭打つのは監視の小鬼妖魔。

 キキ、と耳障りな笑い声をあげ面白そうに幾度も鞭を振るう。

 余程の重労働だったのだろう。

 仲間の手を借り、やっとの思いで足を進めている。

 そんな疲労困憊な人々と交代に鉱山へ入ろうとする人々。

 これからの時間に思いを馳せたのか、肩を落としている者が多数いた。

 中には不安そうに中を覗く子供の姿。

 タツキと同年代くらいの幼子が幾人か見える。

 未来を望むその子達の顔には諦めにも似た絶望の翳り。

 それを見た瞬間、俺の中で激しい怒りが渦を巻く。

 子供が笑えない未来は赦せない。

 あんな年代の子達が待ち受ける絶望をただ待ち受けるのは駄目だ。


「ミーヌ、予定と違うが仕掛けるぞ」

「いいの、アル?

 本来なら私の陽動を待って動く段取りだったけど」

「ああ、理屈ならそうだろ。

 だが現状はそう甘くはないらしい。

 多分あの様子だと次はない者もいる」


 仲間の肩を借りて収容所へ歩む者。

 途中で意識を無くしたのか、四肢に力が入らない様だ。

 一刻も早い治療が必要だろう。


「うん。了解。

 でも既存の戦力差はどうする?

 私でも戦域全体の掌握は難しい」

「神名を使う」

「!!」

「神名<無限>を以って霊山の敵全てを一時行動不能にする。

 俺のMP的にそれが限界だろう。

 可能なら撃破できれば良かったんだろうが」

「ううん。アルはアルに出来る事を最善を尽くせばいいんだよ。

 私も私に出来る最善を尽くすから」

「ああ、ありがとうな。

 じゃあ増強魔術付与後、俺にも見えるようにウインドウで霊山全体の敵を表示してくれるか?

 俺は神名をセットし、スタンバイする」

「ん」


 応じたミーヌから魔力増大等のパフが飛ぶ。

 俺は神名<無限>をセットしメニューを呼び出す。

 一番下にあった環境設定から『音量』を選ぶ。

 今は通常の基準値に設定されてるが、これを最大まで持っていけば霊山全域に響き渡るだろう。


(アル、オレ達を出してくれませんか?)


 黙々と準備を進める俺達。

 逸る思いを押さえ淡々と作業に取り組む俺に、ソータが語り掛けてくる。


「いいのか? そこが一番安全なんだぞ」

(これから動くのでしょ? 

 安全なとこで高みの見物なんてオレは嫌だ。

 確かにオレは皆を置いて逃げだした卑怯者かもしれないけど……

 心まで卑怯者にはなりたくない。

 皆が戦うというなら共に戦いたい)


 苦しげに述懐するソータ。

 自分達ばかりが……ということに後悔があったのだろう。

 何も出来ない無力な自分が情けない。

 その辛さを誰よりも理解する俺は、少し咎めるミーヌの目線を無視し、二人を収納袋から出す。

 拳を握りながら毅然と俺を見るソータ。

 その手を握りながらも真っ直ぐな目でソータを見詰めるタツキ。

 両手で二人の肩を抱きながら、俺は視線に労わりを込め話し掛ける。


「よく言ったな、ソータ。

 お前の心意気は立派だ。

 ミーヌの加護もあるから多少の事では危険はないだろう。

 でも命を脅かす恐れはある。

 それでもいいのか?」

「はい」

「よし、流石はお兄ちゃんだな。

 じゃあ一つ頼まれてくれないか?」

「なんです?」

「この収納袋を以って非戦闘員を避難させてくれ。

 特に幼子をメインに。

 それはタツキを伴ったお前にしか出来ない仕事だ。

 やれるな?」

「はい!」

「いい返事だ。

 あと、これをお前にやる」


 俺は収納袋から小さな鉄剣を取り出す。

 軽量化の魔術が付与されたそれは、俺にとって懐かしいものだ。


「これは?」

「俺が丁度お前くらいに使っていた剣だ。

 親父から贈呈された唯一の品物だな。

 軽度とはいえ、魔力付与されている」

「そんな! アルの大切な物じゃないか!?」

「ああ、だからお前に使ってもらいたい。

 いざという時、その手でタツキや皆を守ってもらう為に。

 勇者一人で出来る事なんてホンの僅かだ。

 だからソータの手助けが必要なんだ。

 俺達と共に戦ってくれないか?」


 俺の真摯な声に俯き涙を零すソータ。

 これこそ今のソータに必要な事なのだ。

 自分は無力、無意味じゃない。

 為すべき事、守るべき人がいることを自覚させる。

 俺の言葉が彼を救えたかは分からない。

 ただソータは肩を震わせながら顔をあげ、瞳に強い意志を宿しながら


「はい!」


 と凛々しく応じた。

 決意に満ちた少年の顔は立派だった。

 あたたかい思いが胸中に溢れ、俺は思わず微笑む。


「漢の顔になったな。

 皆をよろしく頼むぞ」


 再度ソータの肩を叩き、気合を込める。

 踵を返した俺はメニューの『音量 ボイス』を最大へ。

 演説するのは得意じゃない。

 ただ俺が解放の御旗となるなら幾らでも道化になってやる。

 ミーヌもそっと隣りに並び立ち、ウインドウを表示してくれる。

 よし、これで準備は整った。

 全てが完了した俺は聖剣に照明呪文を燈す。

 突如カルデラ湖を照らし出した輝きに、狼狽する妖魔共。

 当惑し、動揺する人々。

 やがて光源である俺を見い出すと、各々指を指してくる。

 俺は深呼吸すると腹腔から絞り出す声で語り出すのだった。

 捕らわれた人々の、解放の狼煙を上げる為に。



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