118章 疲労に妄想す勇者
傾斜はキツくないが、何せ霊峰と名のつくような未開地の山である。
鬱蒼と茂る草木に足を取られるし、哨戒する妖魔を避ける為に山道を通らず獣道を行くので結構気を遣う。
時には沢を横断する事もあるし、絶壁ではないが急な斜面を昇る事もあった。
成人男性でも腰にくる強行軍だったが、意外にもミーヌはしゃんとしてる。
常時回復の術式を纏っているとはいえ基礎体力が違うようだ。
どうやらミーヌの素体となった魔術結社の秘蔵っ娘には前衛系術者の素養があったみたいだ。
(ヘタをしたら、俺より前衛の素質があるんじゃないか?)
才覚に恵まれてるとはいえ、あくまで凡人の域を出ない俺。
天才特性を持つ者達との差を知るだけに暗澹たる思いになる。
実際全盛期の父と戦闘になったら3本に1本を取れれば御の字。
気と魔力の収斂を使い強引に戦闘力を向上したとしても、柔法に優れた父には簡単にいなされてしまうだろう。
父は10年に一度といわれるくらいの才能だったらしいし、努力を怠らない人だった。
更に穏やかな人格者で、周囲の人達から慕われていた。
勇者になって初めて知ったが、辺境では半ば英雄扱いをされていたらしい。
皆の幸せの為に尽力してきた父の功績であろう。
俺個人の見解を言わせてもらえるのなら、もっと家庭を省みるべきだったと思うが。
……どうにもこういう疲労が蓄積する行為は余計な事を考えやすい。
今しがた考えてた父の事もそうだし、
周囲を油断なく索敵し窺いながらも、
人質とでもいうべき収容所に捕らわれた人々の安否を考えてしまう。
いや、本音をいえばついミーヌの横顔を覗き見ながら色々妄想してたのだ。
昨夜のミーヌは可愛かったな~
とか
もっと幸せにしてあげたいな~
とか
おっぱいは宇宙だよな~
とかね。
……最後のは聞かなかった事にしてほしい。
万が一にでもミーヌへ思考がバレたら大変な事になるし。
ミーヌの魔杖を持つ繊手が視界に入った瞬間、思わず、ゾクっ! ときた。
夜空に打ち上げられ連続コンボで宙を舞った記憶が蘇る。
っていうか身体が覚えてる。
(喧嘩になったら全力土下座だな)
どうでもいいことを連想し、一人笑う。
愛妻家は転じて恐妻家でもあるという。
まだミーヌと婚儀をする訳じゃないが、至らない自分の事を考えるより、二人の将来を考えるのもいいかもしれない。
小さいながらも綺麗な家で暮らす俺とミーヌ。
子供は二人、ミーヌに似た可愛い女の子と俺に似た元気な男の子。
こじんまりした庭には大きな犬と色彩豊かな花々。
ささやかで、慎ましくも幸せな毎日。
ふむ、悪くない想像だ。
馬鹿な事を言ってはミーヌに窘められ、子供達に笑われる自分すら幻視できる。
(カカア天下は幸せの象徴らしいからな……)
剣技を鼻に掛けた生意気な小僧だった俺。
そんな俺に世間のイロハを叩き込んでくれただけでなく、一般的な幸せとは何か? を教えてくれた傭兵隊の隊長の顔が思い浮かぶ。
あれ?
でも何故だろう?
俺の記憶が確かなら、いつも豪放に笑う隊長。
しかしこの時ばかりは、どうしてたのか顔の隅に何故か特大の汗が浮かんでいた様な……
更に隊長の後方に設置された給仕所のテントから物凄い殺気を纏った包丁が見え隠れしてた様な……
……うん。
あまり深く考えるのはよそう。
何だか怖い結果になりそうだし。
俺は思考を切り替えるとミーヌを見る。
「ん? どうしたの、アル?」
「いや、何でもない。
それにしても疲れたりはしてないか?」
「大丈夫。まだまだいけるよ」
「そっか……。ま、無理はするなよ。
ソータ達の話だともう少し掛かるらしい。
夕刻までには到着予定だ」
「は~い」
話し掛ける俺を見ながら微笑み応じるミーヌ。
一説によると結婚とは人生の強制収容所らしい。
詳細は結婚したことがないから俺にもよく分からない。
仲間内にも既婚者はいなかったし。
ただ、それが本当なら素敵な看守さんと監獄もあったものだ。