117章 発想に転換す少女
差し当たっての問題は二人の処遇だった。
麓の村に送ってもいいし、簡易結界を張って隠れてもらってもいい。
だが内通者が村にいた場合、二人を危険に晒す恐れがあるし、隠蔽術式等の簡易結界では見破られる可能性があった。
ここらへんの匙加減が結界術の難しい所で、索敵されない様に術式を高度にすれば魔力を感知されてしまうし、簡易過ぎると索敵されやすくなるという矛盾を孕んでる。
まあ深く考えすぎてもアレなので、あまり食事を摂ってないという二人に腰元の収納ポーチから携帯食を取り出し渡す。
クッキーなどの嗜好品もある為か、元気な嬌声があがる。
仲良く分け合いながら食べ始めるソータとタツキ。
俺は微笑ましく二人を見ながら、少し歩き距離を取り思案し始める。
そんな俺を不思議そうに見るミーヌ。
鮮やかな手付きで隠蔽術式を構築し発動させると、俺の傍にやってきた。
「どうしたの、アル」
「ん~いやさ。
あの二人をどうしたものかと思って」
「連れては……いけないかな?」
「ん~やっぱ危険が伴うだろ?
俺とお前レベルでも万が一があるしな」
「でも村に匿ってもらうのや結界では……」
「ああ、一通りの危険性は考慮した。
妙案はないな……」
「そっか……。
あっ! そういえば、アルは亜空間収容の袋を持ってなかった?
あれに二人共避難してもらえば……」
「ああ、あれな。
よく遺跡でお宝を集めるのに入れてたけど……
容量は限界ないが、入った物の重さを軽減出来ないんだよ。
流石の俺でも少年二人分はキツイ。
強化術式や気と魔力の収斂を使えば可能だが、いざという時に迅速に対応できないのは困る。
安定した術式空間があるから、中にいるのは大丈夫だろうがな」
ミーヌの提案に説明を加え解説する。
亜空間収納は2つのタイプが存在する。
品物があまり入らないけど重さがゼロに軽減されるAタイプ。
袋に入るならほぼ何でも収納できるけど重さがそのままのBタイプ。
どちらも一長一短があり、勝ってる訳でも劣ってる訳でもない。
ただ冒険者の常として、日用使う物はAタイプに。
冒険で得た物などはBタイプに使うという暗黙があった。
ミーヌの案は俺も一瞬考えたのだが、重さがネックとなり頓挫したのだ。
けど俺の解説にミーヌは思いついたように訊いてくる。
「ねえ、アル」
「何だ?」
「私ふと思ったのだけど」
「ん?」
「Aタイプって、手に持てるくらいの大きさなら何でも大丈夫だったよね?」
「ああ、手の上に乗るくらいの荷物なら大丈夫だ」
「じゃあね」
「うん」
「BタイプをAタイプに入れちゃうって事は可能?」
「え?」
何を言ってるんだ、ミーヌ。
そんな事が可能なわけ……
「可能……だな」
そう、可能だった。
よくよく検討してみたのだが、亜空間収納だから問題ない。
懸念だった空気だって沢山吸い込んで置けば呼吸もできる。
家具や食料も持ち込めば快適な移動が可能だろう。
「……すっげーな、ミーヌ。
言われればその通りだけど、よくこんなことを思いついたな」
まさに発想の転換。
冒険者が思い込んでいた事を柔軟に捉え思考するのは賢者たる由縁か。
いや、この事はおそらく知ってる者もいたのだろう。
広布されてないところを考えると、裏技としてあるだろうが抱えるリスク故に秘伝となっている感じか。
何故ならこの事実は実際恐ろしい内容である。
例えばソータとタツキの代わりに軍隊をBタイプに入れて置くとしよう。
腕利きの諜報員が侵入し、AタイプからBタイプを取り出し解放。
苦も無く拠点を制圧できる事が可能となるからだ。
俺は軍事転用されない様、琺輪世界に帰ったら協会に収納袋の一部禁制(生物禁止等)を具申する事を誓いつつ、ミーヌの案を二人に話すのだった。
「オレ達で良ければ……一緒に。
な、タツキ」
「うん。ソータ兄ちゃんと一緒なら、ボク大丈夫だから」
大喜びで同意するソータとタツキ。
俺は苦笑しつつ亜空間収納袋<タイプB>を用意し、空気を送り込む。
そんな俺とは別に、ミーヌは二人の前で魔杖を以って儀式術式を構築。
複雑な魔方陣が二人の身体を包み込む。
次の瞬間、魔力光を上げる二人の身体。
驚いた様に自分の身体の端々を眺めている。
立ち昇る魔力が薄い膜となり防護してるようだ。
あれなら多少の無茶はきくだろう。
「何をしたんだ?」
「タイプBからAに移行し移動した場合、万が一衝撃があると困ると思ったの。
だから二人には事情を説明し、一時的に私に零属してもらった。
この世界風に言うなら私の眷属となった感じかな?
これで私の魔力を以って常時回復・防御できるし、通信も出来る」
「なるほどな……お前達はいいのか?」
「神名担の勇者たるミーヌさんの眷属なんてむしろ光栄ですよ」
「そういうもんなのか?」
「ええ、マジで名誉です。
村に帰ったら自慢できる」
「ソータ達の村か……是非見てみたいな」
「何もないとこですけど……平和になったら是非来てほしい。
アルにオレの生まれ故郷を見て欲しいから」
「うん、ボクも同じ。
ソータと一緒に待ってるから」
「ハハ……二人の子供を楽しみにしてるからな」
「うん!」
「そんな、アル……オレは……」
「事情は分かってる、って。
じゃあ悪いがその袋に入ってくれ。
あと中に御菓子と水を入れて置いたからな。
自由に飲み食いしていいぞ」
歓声を上げ袋に特攻するタツキ。
そんなタツキの後を赤面しながら追いかけるソータ。
俺は二人が入ったのを見届けると、タイプBの袋をタイプAである腰元のポーチへと。
ミーヌに手伝ってもらいながら、苦心して収納する。
「ふう、取り敢えず何とかなったな」
「うん、上手く出来て良かった。
ところでアル、さっきのは何?
子供がどうって」
「何だ……やっぱ気が付かなかったのか、ミーヌ」
「何が?」
「無理もないか。
人間に転生してから日も浅いし。
あのタツキって子、女の子だよ」
「えっ!?
ほ、ホント?」
「ああ、間違いない。
微妙にミーヌに嫉妬してたんだけど、その様子じゃ分からなかったな」
「うん……悪い事しちゃったかな。
慕ってるお兄ちゃんを奪っちゃった感じで」
「まあ後で謝っておけよ。
そんな根深いものじゃないだろうし」
「そうする。反省しておくね。
でも、アル」
「ん?」
「彼女は、何であんな男の子みたいな恰好を?」
「……いらぬトラブル避けと……
推測だが、人数増しの為かな」
少女を男装させれば、勅令で求められる人数に対して空きが出る。
ちらりと聞いたが、タツキは身寄りがいないとのこと。
そこを利用され上手く乗せられたのだろう。
自分が免除される為とはいえ、小さな少女を犠牲にするとは……何て汚い。
憤りに駆られる俺。
熱く黒い衝動が闇の奥底で蠢くのを自覚。
そんな自分を落ち着かせる為、下位のチャクラを回しつつ深呼吸をした。
身体を巡る気が俺を冷静にさせていく。
あの二人の事を思うなら一刻も早いザオウの解放だろう。
俺はミーヌと戦略を練りながら戦術を議論し合い、森を抜けついに霊峰を昇り始めるのだった。