115章 剣技に馳せる勇者
踵に気を留め込む。
大地を掴むと形容される前傾からの突進。
瞬歩と呼ばれる独特の間合いの詰め方。
不気味に笑う山姥は喜悦の声を上げ応じる。
意に介さず袈裟懸けからの切り返し。
波濤のような連続斬撃。
しかし山姥は同一の動きで返す。
耳障りな金属音が奏でられ、俺達の間に闘気と妖気の圧搾した衝撃波が生じる。
俺は再び距離を取ると、呼吸を整えた。
聖剣から伝わった衝撃は熟達した剣豪のそれに等しい。
俺は嘆息すると聖剣を構え直す。
どこからどう見ても隙だらけの山姥の構え。
だが間合いに踏む込んだ瞬間、まるで歴戦の剣士の呼応で技を返してくる。
いったいこの刹那の間に何合打ち合ったか。
最速を以って成るノルファリア練法に苦も無く追随する山姥。
いや、これはむしろ技術ではなく……
直感スキルではなく剣士としての直観が告げる。
「模倣か……」
「ヒヒヒ……よく気付いたね、小僧。
その通りさ。
あたしがあの方より授かった禍那は『模倣』
ありとあらゆる技術をあたしは見た瞬間にモノに出来るのさ。
お前さんは大した腕前の剣士らしいが……
この力の前には只の木偶の坊に過ぎない。
さらに!」
俺の呟きに応じた山姥が妖気を背に集中させる。
すると妖気が具現化し禍々しい双腕となる。
剛力を誇る筋肉。
獲物を狙う爪牙。
あの腕に狙われたら瞬く間に命を喪ってしまうだろう。
「技術は拮抗。
互いに決め手に欠ける。
まさに千日手ってやつさね。
だがあたしにはこの双腕がある。
変幻自在に動き多角的な攻撃を可能とするこの剛腕……
お前さんにあたしを止めれるかい?」
小馬鹿にした口調。
更に具現化した妖腕で手招きする。
舐められたものだ。
俺も、ノルファリア練法も。
無論奥の手である洸現刃やアゾートを使えば簡単にケリはつくだろう。
しかし禍那がどこまで模倣できるか分からない(妖気を具現化した妖現刃や妖気と魔力の合一なんて見たくも喰らいたくもない)し、
何より勇者以前の、剣士として誇りが剣での勝負を望んでいた。
くだらない意地だと自分でも思う。
けど考えようによっては自分を超えるまたとない好機。
自分と同一の技能を持つ者なんてまたとない機会である。
ピンチはチャンス。
パーティ仲間だったカイルの口癖を思い出し苦笑する。
「アル!」
心配したミーヌが魔杖を構え問い掛けてくる。
支援魔術は? というその言葉に俺は首を振る。
山姥との真っ向からの勝負を俺は望んでいた。
「ゆくぞい!」
「こい!」
うねりをあげる妖気の双腕。
左右から襲い来る烈風を、手首の捻りで閃かせた聖剣で迎撃。
剛力で支えられた威力は闘気を纏わせ相殺。
その間を突く様に同等の技で鉈を閃かせる山姥。
俺は膝を撓め回避。
同じようにしゃがみ込む山姥。
瞬時に動くことが出来ないこの体勢。
俗に言う『詰み』に近い状況。
視線が交差し、山姥の目に嘲りが浮かぶ。
ま、当然そうなるよな。
剣士でない山姥は分からなかっただろう。
一連の流れの間に隠された意義が。
逃げ場がないのは向こうも同じ。
ならばここで俺が放つのは、
「ノルファリア練法<雷閃>!」
全体重と闘気を剣先に込め突き出す。
かつて最終決戦時、魔族の女王をも屠った最速の刺突。
だが山姥もさるもの。
加速された意識下の中、山姥も模倣の禍那が発動、
同一の技がカウンターされる。
ああ、山姥。
アンタの禍那は確かに恐ろしいよ。
けど勝負は俺の勝ちだ。
「これは……どういうことだい?」
胸元を貫いた聖剣を不思議そうに見下ろしながら、山姥は尋ねてきた。
滴り落ちる鮮血を見るまでもなく、致命傷だ。
俺は鎖帷子に浅く食い込んだ鉈を無造作に跳ね除けながら答えてやる。
「ただ技術を模倣するだけじゃ分からなかったろ?
答えは単純。
得物のリーチ差だ」
同一の技術を持つ二人。
鏡の様に写し出される型。
勝敗を決めるのは至極シンプル。
その手に持つ剣の長さだった。
俺の持つ聖剣の刀身が1メートル。
山姥の持つ鉈の刀身が30センチ。
その差70センチ。
技術では埋められないその差が明暗を分けたのだった。
「そうか……力に溺れあたしは、そんな簡単な事も失念したのかい……」
「アンタの禍那は確かに厄介だった。
でも模倣するだけで本質を理解しないアンタは所詮贋作、偽物だ」
「言うじゃないか、小僧。
あたしがもう90年若かったら……ほうっておかなかったのにねぇ」
肩で息をし眼を細める山姥。
終わりは近い。
「最後に答えてくれないか?
捕らわれた人々は無事か?
この地の守護神を封じた禍津神はどんな奴なんだ?」
「あの方について、あたしが答えられる訳ないだろう。
ただ捕囚した者共については教えてやるよ。
無事さ。皆ね。
ただ互いに疑心に駆られた奴等は暗鬼と成り果てるのさ……
幼子を禍津神に差し出し生き延びたあたしのように……」
陰気な半月を口元に浮かべる山姥。
聖剣たるシィルウィンゼアの真骨頂、
魔を封ずる効果が発動しその身を灰燼と化す。
如何なる理由があり鬼女と成り果てたか分からない。
俺は溜息をつくと聖剣を振り血を飛ばす。
末期とはいえ、山姥は朗報をもたらしてくれた。
人質というか集められた者達は無事らしい。
ただ救出するなら早い方がいいようだ。
歓声を上げ走り寄って来る少年と優しく安堵の溜息を零すミーヌを見ながら、俺は山姥の冥福を祈るとともに、これからの行動に想いを馳せた。