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113章 希望に涙する少年

 薄昏き森を掻き分け、二人の少年が汗を流し走っている。

 歳の頃は15に届くか否かという辺りだろう。

 懸命に足を動かす二人だが、時折後ろを振り返り誰かいないか確認している。

 追われているのだろうか?

 幾度も念入りに確認する二人の顔は恐怖に引き攣っていた。

 走り始めてもう随分になる。

 先を行く少年がそろそろ休憩を促そうと声を掛けようとしたその時、

 後方を走っていた少年が枝に足を取られ転んでしまった。

 先頭を走っていた少年は慌てて駆け戻り、手を差し伸べ抱き起す。


「大丈夫か、タツキ」

「うん、ソータ兄ちゃん」


 タツキと呼ばれた、ソータより少し幼い少年は苦渋を堪え答える。

 二人は兄妹ではないが幼馴染として育った間柄だった。

 楽しい時も哀しい時も共に過ごしてきた。

 二週間前の勅命の時も共に応じ、ここ霊峰ザオウへと来たのだった。


「二人なら大丈夫だよね」


 そう微笑むタツキにソータは頷いてやるしか出来なかった。

 だが二人に待ち受けていたのは煉獄とも形容される強制労働の日々。

 大の大人が悲鳴を上げるほど過酷な鉱山掘りや鍛冶雑務。

 朝から晩までほぼ休みは無い。

 提供されるのは僅かなパンと粗末なスープのみ。

 仕事を怠ければ労働を監視する妖魔に鞭を打たれる。

 反抗した大人が袋叩きにされ連れて行かれるのを何度か見掛けた。

 一際幼い二人だったが、拳を握り耐えてきた。

 いつかこんな日々は終わる。

 王都ゼンダインの軍が助けに来てくれる筈。

 しかし二週間が経ち、助けがくるどころか怪我人が増すばかり。

 昨日タツキが労働に従事中倒れたのを見てソータは決意した。

 ここから逃げなくては、と。

 両親のいないタツキにとっては自分が兄で両親で保護者だ。

 タツキの命だけは何があっても助けなくてはならない。

 決意すれば行動は早かった。

 使われてない廃坑に身を潜め、夜明けと共に逃げ出す。

 逃亡者に待ち受けるのは残忍な死刑とは聞いていたが、他に選択肢はなかった。

 周囲の大人たちもワザとミスをして妖魔達の注意を引くなど、

 それとなく協力し、決行日にはなけなしの食糧まで持たせてくれた。

 二人を憐れに思ったのも確かだし、

 救えない無力さを申し訳なく思った者もいたのだろう。

 けど一番の理由は、子供達が笑える環境にいて欲しかったからだ。

 そこに一部の者達の思惑があるとも知れず。

 何はともあれ脱走は上手くいき、昼過ぎになろうというのに追っ手の姿はない。

 ようやく安堵したソータは足を止める。


「良く頑張ったな、タツキ。

 ここらで少し休憩しよう」

「いいの、ソータ兄ちゃん?」

「ああ、お前も走り通しで疲れただろう?

 皆からもらった食料がある。

 ここらでお昼を食べよう」

「うん!」


 嬉しそうに微笑み腰を下ろすタツキ。

 ソータの前では弱音を言えなかったが、もう足腰がガタガタだった。

 タツキの身体についた草木の汚れを払ってやりながら、竹筒に入った水を渡すソータ。

 タツキは貪る様に飲み始める。

 が、途中で我に返ったように項垂れる。


「ごめんなさい、ソータ兄ちゃん。

 ボクばかり飲んで……はい、兄ちゃんも飲んで」

「馬鹿言え。

 実はオレはオレで、こっそり飲んでたんだよ」

「そうなの?」

「ああ。だから気にすんなって。

 ほら、パンも食え」

「うん!」


 美味しそうにパンを頬張るタツキ。

 無論ソータの言葉は嘘だ。

 彼は昨夜から水一滴とて摂取してない。

 本音をいえばタツキから水筒を奪い、浴びる様に水を飲みたかった。


(たださ……オレは『兄ちゃん』だからな……

 タツキを護ってやらないと)


 不器用だと思うが、それが自分の信条。

 譲れないラインでありルール。

 一息ついたのか、溜息をつくタツキ。

 そんなタツキにソータは励ますように言う。


「あと少しで麓の村につく。

 そこで匿ってもらって食料を調達したら、オレ達の村まで一気に行こう」

「大丈夫かな?」

「大丈夫さ。きっと上手くいく!」


 不安に顔を曇らせるタツキ。

 ソータが安心させるように頭を撫で始めたその時だった。

 聞くも恐ろしい老婆の声が森に響き渡ったのは。


「いいや。お前達の運命はここで潰えるのさ」

「だ、誰だ!?」

「鬼ごっこはもうお終いかい?」


 震えるタツキを背後に庇い、誰何の声を上げるソータ。

 その言葉に応じるように姿を現したのは……


「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」


 甲高いタツキの悲鳴が森に響き渡る。

 ゆっくりと森の木々から現れたのはボロボロの身なりをした老婆だった。

 それだけならタツキは悲鳴を上げたりはしない。

 何故なら老婆は大きな鉈を持ち……その手には血が滴る小鬼達の首を持っていたのだ。


「ああ、これかい?

 監視も出来ない馬鹿な奴等を始末してきたのさ。

 ホント使えない奴等さね」

「お、お前は……」

「あたしはあの方に仕える山の巫女さ。

 いや、山姥といった方が聞こえがいいかね」


 ヒヒヒ、と不気味に笑う山姥。

 ソータはその気迫に圧倒されながらも、


「一体いつから……」


 と尋ねた。

 その問いに山姥は笑みをより邪悪に歪めながら答える。


「いつから?

 最初っからさ」

「何だって!?」

「馬鹿な奴等だね、お前達。

 お前達は売られたんだよ。

 自分の身の安全を図った大人達によってさ」

「……どういう事だ?」

「労働効率が低下してるのは分かっていた。

 過酷な環境に人間達は弱いからね。

 だからそろそろ見せしめが必要だとあたしは考えていたんだよ。

 ただ誰かを殺しても良かったけどさ……

 やっぱりモチベーションを保つには理由が必要だろ?

 あたしはお前達の数人に言ったのさ。

『お前達の中で誰か生贄を差し出せ』

 とな。

 たんなるミスには精々鞭打ちが罰則。

 しかし脱走者には問答無用で死刑。

 その無惨な死に様を見て人々は怖れ慄き、盲目的に働く。

 効率的だろ?

 お前達は奴等に選ばれた憐れな羊に過ぎないんだよ」

「嘘だ!!

 皆……皆オレ達を逃がす為に協力してくれた!

 そんなことがある訳……」

「ところがどっこいあるのさ。

 大体不思議に思わなかったのかい?

 お前達のような子供が楽々と監視の目を抜けれる事を。

 これは予定調和。

 定められた脱走劇なのさ」


 小馬鹿にしたように笑い、鬼婆が距離を詰めてくる。

 恐怖と悔しさに視界が涙で滲む。


(けど、絶対に泣いたりしてやるもんか!)


 それが優れた身体能力もスキルもないソータに出来る精一杯の反抗だった。

 何より後ろには震えるサツキがいる。

 逃げだす訳にはいかない。

 最後の最後まで兄ちゃんでいる為に。


「束の間の希望に充分夢は見れただろ?

 じゃあ後は……死んであたしの役に立ちな!」


 弄ぶように振り上げられる山姥の鉈。

 血に塗れ鈍い輝きを上げる。

 神も仏もいないのか?

 迫る絶望に思わず目を閉ざすソータとタツキ。

 その時、二人の前を疾風が駆ける!


「よく頑張ったな……二人とも」


 太陽の様に暖かい男性の声。

 聞くだけで勇気が湧いてくるような。

 驚きに眼を見開いた二人は見た。

 鋭い眼差しで山姥を見据えながら、美しい剣を構え二人を庇い立つ、雄々しくも凛々しい青年の姿を。

 更に流麗な魔杖を携え青年に並び立つ、誇り高く可憐な少女の姿を。


「何もんだい、お前達は?

 行動目的と所属名を言いな!」


 警戒を露わに尋ねる山姥。

 その問いに青年達は凛とした声で応じる。


「正義。勇者アルティア・ノルン!」

「同じく。賢者ミーヌ・フォン・アインツベール」


「「推して参る(ります)!!」


 その勇姿にソータは堪えていた涙が眼から溢れるのを感じた。

 神も仏も煉獄にはいない。

 だが、勇者はいた。

 神名担と呼ばれる勇者達が。

 猛々しくも神々しい二人の姿に、ソータとタツキは精神が高揚していくのを止められなかった。





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