111章 期待に汗ばむ勇者
「禍津神はこの村より西にあります、霊峰ザオウに居を構えております。
勝手な申し出とは思いますが、何卒奴を斃し岐神様を御救い下さい」
平身低頭するムトー老とアーヤの見送りを受け、俺達はさっそく禍津神討伐に出ることにした。
活気の無い村をミーヌと共に歩む。
村外に出るまで出会った村人が皆拝んでくるのが恥ずかしい。
無論利己的な願いを抱える故の代償行為という事は理解してる。
だが理屈と感情は別物だ。
俺達は崇め奉られる村人達に急き立てられるように村を出た。
ああいう無自覚なプレッシャーが正直一番怖い。
村から離れ始まりの草原まで来た俺達。
村人の姿が無い事を確認し、思わず安堵の溜息をもらす。
隣りに並び立つミーヌからも同様の溜息が聞こえた。
今まで畏怖される事はあっても無言の期待を寄せられた事はなかったのだろう。
よく見ると少し汗ばんでいるようだ。
俺も手中に滲んでいた汗をズボンで拭う。
勇者として各地を転々としてたから結構慣れてる方だが、やっぱり慣れきる事は無い。
顔を見合わせ苦笑する俺達。
風に棚引く髪を手で押さえるミーヌに俺は寄り添う。
「すまないな、ミーヌ。
勝手に行動を決めちゃってさ」
「ううん。私だって皆を救いたいと思った。
然るべき力が私達にはある。
だったらそれを的確に行使するのが重要だと思う」
「そっか……そうだよな。
ありがと、ミーヌ。
少しは吹っ切れてきた感じだ」
「フフ……アルは三無主義の割に煩悶するタイプだから。
好きな人が決めた事だもん。
理不尽さや非人道的な事でもない限り、私はアルを手伝いたい。
駄目?」
小首を傾げ尋ねてくるミーヌ。
カチューシャより滑り落ちた髪が一房眉を掠める。
相変わらず凶悪なまでの可愛さである。
「だ、駄目なもんか。
すっげー嬉しいよ」
「良かった。
アルが喜んでくれると私も嬉しい」
「何だそれ」
「フフ……私って結構単純なんだよ?
アルの笑顔を見るだけで満たされるし、幸せだな~って思うの」
「まあそれは俺も一緒だけどさ」
「うん。両想いって感じだね」
「少し惚気過ぎです、ミーヌさん」
「浮かれてるかな? でもすごく幸せなの。
アルもそう?」
「否定はしない。
ただここはもう、敵地だからな。
気を引き締めて行こう」
「うん。了解。
それよりアル、道中はどうするの?」
「そうだな……」
この村からは徒歩で一日程の場所に禍津神はいるらしい。
普通に歩いて行っても良かったが、有象無象の雑魚を相手取るのも面倒だったし、禍那持ちの眷属と遭遇するのは極力避けたい。
よって定番の高速飛翔呪文でショートカットする事となった。
「じゃあしっかり掴まれよ、ミーヌ」
「うん!」
展開される光の翼。
ミーヌを優しく胸に抱くと、俺は遠方に見える山へ向かい飛び立つのだった。