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110章 懇願に快諾す勇者

 簡素だが手間の掛かった料理を堪能した後は歓談となった。

 俺達の武勇伝やアーヤの失敗談等で場が盛り上がる。

 珍しいくらい感情を露わにし、オーバーアクションで驚くミーヌ。

 おどけるムトー老に赤面しながら突っ込むアーヤ。

 もう少しこの穏やかな時間を続けたいと正直思った。

 が、強制的に役割を演じさせられてる二人の為にも一刻も早いゲームクリアーが先決だろう。

 俺は紅茶を飲み干すと、ついに本題を切り出す事にした。


「楽しいお話、ありがとうございます」

「いえいえ。年寄りのホンの暇つぶしですじゃ」

「そんな事はありませんよ。

 二人の関係や内面が伝わってきて本当に楽しめました。

 ところでムトー老……

 お聞きしたいのはこの村の事なのですが」


 俺の言葉に目に見えてムトー老の顔色が変わる。

 何かを躊躇うようにしながら、やがて決意と共に語り出す。


「流石は勇者様……気付かれましたか?」

「ええ。村にいる皆、異様なまでに活気がない。

 若い男性の姿が極端に少ない……否、皆無なのも気になる。

 それに村に遮断結界があるとはいえ、誰も村外で仕事をしてない」

「お恥ずかしい事です。

 本来であれば勇者様達の手を煩わせることなく自分達で対処しなくてはならないことなのですが」

「やはり何か?」

「ええ。実は一月程前でございましょうか。

 この地方ナトゥリを守護する塞のさえのかみである岐神くなと様が禍津神の手によって封ぜられてしまったのは」

「禍津神によって封ぜられた?」

「はい。岐神様はその絶大な結界構築力を以って村々や街道を含む地域全体に妖魔封じの結界を張っておられました。

 故に儂達は安心して農作業や狩りに精を出す事が出来ました。

 ですが今となってはその恩寵も消え、村の結界が残されるのみ。

 村外に出れば妖魔共が闊歩する世界となってしまったのですじゃ」


 溜息をつくムトー老。

 この一月云々はゲームの設定なのだろうか?

 実際俺達がこの世界に来るまでにそう時間経過は経ってない筈だ。

 だがもしかしたら事象停止に近い状態にあるこのカムナガラと外界では時間の流れが違うのかもしれない。


「昨日もアーヤが村外にある畑に収穫しに行こうとしたとこを狙われてしまった。

 奴等妖魔は狡猾でのう。

 村に入れない事を理解しておるから様々な嫌がらせをしてくるし、隙を見せればすぐに襲い来る」

「自衛はしなかったのですか?」

「ええ、小鬼ぐらいなら村の神官や防人達の手で退ける事が出来ました。

 ホンの二週間前までは」

「?」

「岐神様を封じた禍津神が各村々に勅命を出したのです。

 若き者達を我が鎮座し山の元へ寄越せ、と。

 儂も詳しくは知りませぬが禍津神は鉱山の奥深くにいるらしい。

 そして何より発掘資源が好物なのだと。

 禍津神の要望に抗える事もなく、神官や防人達を含む若者達は皆鉱山へ連れて行かれました。

 後に残されたのは老人と女子供ばかり。

 現状を維持するのがやっとですじゃ。

 それに何より心配なのは若者達です。

 殺されはしないでしょうが彼等に待ち受けるは強制労働の日々、いずれは使い潰されてしまうでしょう」


 典型的なクエストのパターンである。

 無論これが仮想世界に置けるゲームだと俺は知っている。

 けれど苦悩する村人達の思いは本当だ。

 だったら俺の返答何て最初から決まっている。


「事情は分かりました、ムトー老。

 ならばどこまでやれるか分からないが、俺達で禍津神を討伐してみせましょう」


 俺はムトー老の目を見据えながら言った。

 喜色を浮かべるムトー老。

 しかしすぐに顔を曇らせる。


「アル殿……聡い貴方の事だ。

 もうお気付きでしょう」

「何の事です」

「昨日アーヤが神名担の勇者に助けられたと聞いた時、儂は孫娘の命が救われた嬉しさとは別に「しめた」と思いました。

 比類なき力を持つアル殿らを巧みに誘導し、禍津神討伐に向かわせればこの地域は蘇る、と。

 儂は感謝の裏で計算をする、自分勝手で利己的な人間なのです」

「……ええ、薄々感じてました」

「今朝も朝早くから村人達が討伐の懇願に来るのを止めてきたところです。

 囃し立てるのはまだ早い、と。

 恩を笠に断れぬ状況を作るのが大事、との言葉に皆は納得したようです。

 アル殿らが儂らの為に戦う義理などありはしないのに」


 苦渋を洩らすムトー老。

 通常そんな思惑は腹芸で仕舞い込むのが普通だ。

 だが言わずには置けなかったのだろう。

 そんなムトー老の態度が逆に俺には好ましく思える。

 苦境なら苦境と訴えてくれた方が動きやすい。

 酒池肉林や金銭で懐柔しようとするのでなく、ストレートに「助けてくれ」と言ってくれれば俺は幾らでも手を貸すし差し伸べる。

 勿論人によるのだろうが、これが勇者としての俺の在り方。

 言うなれば存在意義なのだから。


「ムトー老は、正直な方ですね」

「正直かどうかは……

 ただ、勇者である御二人の人柄を見て取った結果、儂は正直にお話ししようと思った。

 アル殿、ミーヌ殿。

 御無礼は承知でお頼み致します。

 どうか禍津神を討ち岐神様を御救い下さい。

 利己的で我欲に塗れた儂等の願いを何卒御引受け下され」

「そういう風に率直に言って頂いた方が嬉しいもんですよ。

 安心して下さい、俺は俺に出来る最善を尽くします」

「アルに同じく。

 私も私に出来る事を共に為す事を約束する」


 俺達の言葉にムトー老は目頭を押さえる。

 アーヤも顔を覆い涙を零す。


「ありがとう……本当にすまない……」


 俺は居心地の悪さを感じながらも、しゃがれた感謝の声を受ける。

 未だ見ぬ禍津神への闘志を静かに秘めながら。



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