109章 朝食に歓談す勇者
ミーヌと共に向かった先、昨日豪快に飲み明かした居間のテーブルには甲斐甲斐しく動くアーヤの手により朝食が並べられていた。
炊き立てのパンに風味が利いたスープ。
炙ったベーコンに炒った豆。
湯気が立つ目玉焼きに溶けたチーズ。
瑞々しいパリパリのサラダ。
どれもが琺輪世界で食べていたものに近い。
日本で食べたものとは違う、まさに郷愁を駆り立てるメニュー。
(仮想世界の方が俺の故郷に近いなんてな)
何だかおかしくて、つい笑ってしまう。
「どうしたの、アル?」
「いや、何でもない」
不思議そうに尋ねてくるミーヌに俺は手を振り答える。
そんな俺達に配膳していたアーヤが話し掛けてきた。
見慣れぬエプロン姿も可愛らしい。
「お、おはようございます勇者様達。
きっ……昨日はその、ありがとうございました!」
命を救われた昨日の感謝と共に、
今朝方の事を思い返したのか頬を赤らめるアーヤ。
俺は弁解するのも面倒だと思い曖昧に笑って応じる。
「別に大したことじゃない。
人として当然の事をしたまでだしな。
な、ミーヌ?」
「うん。アルの言う通り。
だからアーヤもそんなに固くならないで?」
「は、はい!
それで……お礼と云うのも何ですけど、朝食をどうぞ。
頑張って私が作ったので」
「昨日のおつまみも美味かったし、それは楽しみだな。
全部好物だよ。アーヤは料理上手なんだな」
「ホント。家事が苦手な私から見れば羨ましい手際」
「いえ、そんな。
私の家は両親がいないから私が家事を任されてきただけなので……」
「あっ……それは悪い事を聞いてしまったな。すまない」
「そんな! 気に病まないで下さい。
事故だったらしいですけど、
顔も覚えてないので正直寂しいとか思わないんです。
自分にはお爺様もいるし」
「そういえば、そのムトー老は?
家の中にはいらっしゃらないようだが……」
「朝から村の話し合いに出ててまして……
あ、戻ってきたみたい!」
丁度入口ドアが開き、ムトー老が入ってくる。
何やら難しい顔をしていたが、俺達の姿を見ると顔を綻ばせた。
「お~アル様にミーヌ様。
昨日は休めましたかな?」
「おはようございます、ムトー老。
昨晩は御馳走様でした」
「おはようございます。
あんなに楽しい時間を過ごしたのは久々です。
昨夜は宿泊まで面倒みていただき、本当に感謝いたします」
「なんのなんの。
孫娘を救って下さった礼には到底及びません。
ささ、朝御飯がまだでしょう。
アーヤが作ったものですが、勇者様達に召し上がってもらうから、と腕によりをかけると息巻いておりましたからな。
お口に合えば幸いです」
「もう! お爺様ったら!」
いかにも好々爺と云ったムトー老の笑顔。
その言葉に頬だけじゃなく顔全体を赤らめ抗議するアーヤ。
微笑ましい二人に俺達も思わず吹き出してしまう。
ムトー老は頭を掻きながら俺達に椅子を勧める。
「さ~どうぞお掛けになって下され」
「では遠慮なく」
「アルに同じく」
「じゃあ私も失礼させてもらって」
腰掛けた俺達の前にフレッシュジュースを出した後、アーヤも共に席に着く。
全員がテーブルに着座したのを見届け、ムトー老が口を開く。
「さて、御準備はよろしいかな?
では……いただきます!」
「「「いただきます!!!」」」
仮想世界とはいえこればかりは変わらない御飯前の挨拶。
命を頂き命を長らえる事に対する習慣と感謝の言葉は変化しない様だ。
居間に俺達の唱和する声が響き渡り、
少々騒がしくも美味しい時間が始まるのだった。