108章 誤解に思案す勇者
「誤解を受けたかもしれない」
客室に備え付けの鏡台の前でミーヌが髪を梳かす。
丹念にブラシを掛ける度、流れる様に金色の髪が滑りゆく。
鮮やかなそれは、まるで風に揺れる小麦の様だ。
あれほど俺に抵抗したアホ毛が、主にはきっちり応じてるのが少々ムカツク。
口付けと抱擁の後、上機嫌で起床し、身嗜みを整え始めたミーヌ。
俺はその背に先程のアーヤの態度を思い出し声を掛けてみた。
「誤解?」
鏡台に映る装備一式を纏った俺の姿に、ミーヌがブラシを止め尋ねる。
翠石の瞳が不思議そうに俺を見詰めている。
「ああ、一応俺達はまだ清い仲なんだけどさ。
でも同衾したからには所謂……」
「男女の仲?」
「そう。そういう関係だとアーヤ達に思われたかも」
「ん~別に私は構わない。
アルの事を想ってるのは本当の事だし。
……アルは、嫌?」
「正直言うなら光栄だね。
まあお前が恥ずかしくないなら……別に構わないか」
「うん!」
返答しながらカチューシャをつけたミーヌは、衣擦れ音と共にローブを羽織る。
傍らに立て掛けられた白い魔杖へと手を伸ばす。
昨日は気が付かなかったものの、こうして落ち着いて見てみると魔杖に施された呪紋は絡みつく蛇の様にも見える。
更に俺は昨日見たミーヌのステータスを思い出す。
装備の一覧に掛かれていたのは、
『魔杖レヴァリア(亜神:ミィヌストゥール)』
と表示されていた。
もしかしてあの魔杖は……
「なあ、ミーヌ」
「なぁに?」
「昨日訊きそびれたけどさ、お前の持つその魔杖って……」
「うん。私の半身。
暗天蛇としての力が凝縮されたもの。
成り立ちは神々の神担武具に近いかな?
ヘルエヌに大分能力を持っていかれたけど、それでも今の私の身体にとってミィヌストゥールの容量は心身の負担が大きかった。
いずれは封ずるか譲渡せねばならない懸念事項と言ったのを覚えてる?」
「ああ、学校での話だろ」
「そう。華奢なる人の身では力の器に十全足り得ない。
霊的な設計図が指し示す値に生命の構成素が追い付かないから。
それで分霊作成の時、咲夜殿の力を借りて私の内から大方の能力をこの杖へと移したの。
だからこれは私の半身、紛れもない私そのものといえる。
使用できるのは私か、私が認めた人だけ」
「へ~便利そうだな。
でも憂慮すべき事が減ったのはいいことだ」
「うん。だって私も、少しでもアルの傍にいたいから……」
「あ、うん。ああ」
ミーヌのいじましい言葉に、互いに赤面してしまう俺達。
リア充爆発しろ!
等の呪詛が脳裏の浮かぶ。
「と、取り敢えず居間へ行こう!
アーヤが朝御飯を用意してくれたらしいし!」
「う、うん!」
気まずさを誤魔化す為、ミーヌの手を取り客室を出る。
ミーヌは嬉しそうに微笑むと俺の手を握り返すのだった。