10章 出立に浮立つ勇者
「恭介、すまないけど少し散歩に出掛けようと思うんだが……」
中庭にて洗濯物を干していた恭介に声を掛ける。
「それは別に構いませんが……
その剣はどうするんです?」
「あっ……」
振り返った恭介が俺の手に持つ聖剣を指差し尋ねてくる。
確かにこのままでは、
最近<危険物所持にうるさくなったお巡りさん>に叱られる。
……ん? まただ。
俺は思わず右手で顔を覆う。
またも俺の知り得ない知識が俺を縛る。
お巡りって何だ?
答え=この国の官憲。司法機関の職員の総称。
俺が抱いた問いに、然るべき答えがすぐに浮かぶ。
この違和感というか知り得た事を思い出すような既視感は何なんだ?
思わず無言になる俺。
そんな俺に対し、無策だと思ったのか恭介が苦笑しながら母屋から楽器のケースを持ってくる。
「ギターのケースです。
良かったらこれに入れて下さい。
これなら多少公僕の目も誤魔化せます」
「ありがとう。恩に着る」
「それと……この国の通貨はお持ちですか?」
「……共通金貨と換金用の宝石ならあるが……」
道具袋から一掴み取り出し恭介に見せる。
その瞬間、恭介の苦笑が引き攣った。
「アル……この国ではそんなに気安く金貨等を見せてはいけません」
「あっ、これもミスだったか?」
「ええ、どこかでいらぬトラブルを招きますから」
そう頷くと恭介は懐から一枚のカードと小銭入れを出す。
「はい、これをどうぞ。
クレジットカードといいます」
「これは?」
「買い物をする際に『カードで』と言えば、これで問題なく支払えます。
組長から昨日の礼だと窺い、自分が預かってました。
準備金として50万まで対応可能なので」
「本当に何から何まで」
恭介と武藤翁の采配には頭が下がるばかりだ。
俺は礼を言うとギターケースに聖剣を仕舞う。
ギリギリサイズが間に合わないが、柄を外し事なきを得た。
この状態はこの状態で「大変危険である」が、緊急時だ。仕方ない。
俺はインバネスの下のズボンのベルトに柄を括り付ける。
「あとは連絡手段ですが……
携帯はお持ちでないですよね?」
「残念ながら」
携帯する電話。
昨日武藤翁が、そして朝食時に綾奈が弄っていた魔法の様な連絡手段。
上手く活用出来れば散策が楽になるんだが。
「しょうがないですね。
これをお使い下さい」
ズボンのポケットからシンプルな携帯を取り出す。
「組用の携帯です。
とはいっても組長と自分、綾奈嬢専門の携帯になってますが」
再度苦笑すると俺に使い方を説明してくれる。
なるほど、これは便利だ。
特に電話だけでなく好きな時に読めるメールという機能が素晴らしい。
俺のいた琺輪世界でいうとこの、運命石という魔導具の力<記し>に似た機能だが、様々な制約などない分、気安く行える。
さっそく恭介宛てにメールを送ったり電話を試してみたりしながら俺は携帯の機能を満喫した。
「これで不安はないですね。
ではアル、行ってらっしゃい」
「本当にありがとう、恭介。
じゃあ行ってくる」
わざわざ門まで送り出してくれた恭介に礼を告げ、俺は見知らぬ異世界の街へ足を踏み入れるのだった。
……俺の背を見る恭介の視線が「初めてのお使い」を見る保護者の様な、
何だか生暖かい包容感を抱いているような気がするのは……きっと気のせいなのだろう。多分。